デザイン思考 ~観察と共感からソリューションへ~ / 藤井 健志

 東京オリンピックのエンブレムが一悶着の末やっと決定しましたね。4つの候補案が選ばれてその中から建築畑出身のアーティスト野老朝雄さんの「組市松模様」をモチーフにしたA案が選ばれました。4つの案が明らかになった時、A案の市松模様を見てこれはないなと思い、個人的にはB案の「輪」の案がいいなと思っていたのですが、何度かメディアで目にするうちにだんだんとA案も悪くないと思えてきました。これからさまざまなバリエーションが展開されるのが楽しみです。

<デザイン思考>
 「デザイン思考 Design Thinking」という単語が、このメルマガでも何度か出ていましたので、自分の中でも少し整理してみました。

●そもそもデザインとは何か?
デザイン(design)の語源はラテン語のdesignare(計画を記号に表すという意)から来ており、あるものに対する設計や計画、ある目的を果たすため、問題を解決するための計画やアイデアを出してそれを形にすることと考えられます。日本ではもっぱら表層的な絵柄、外観の構成といったイメージで考えられることが多かったようですが、最近では本来の意味へ広がって来たように感じます。

●デザイン思考というキーワード
デザイン思考(Design Thinking)というキーワードは、1980年頃から使われ出したようですが、デザインファームIDEO(アイディオ)の創業者であったDavid Kellyとその後を継いだTim Brownによってビジネスにも適用され広められていきました。David Kellyはスタンフォードの教授でもありd.school(Hasso Plattoner Institute of Design at Stanford)を2005年設立し現在に至っています。
 IDEOはアップルのマウスをデザインしたことで一躍有名になり、いまやアップル、NIKE、Googleなどにデザイン分野の幹部人材を供給した(引き抜かれた)ことで注目されています。

<なぜ今デザイン思考か?>
●今までのやり方では新しい発想を生み出すことができない。
情報が氾濫し、様々なものが成熟化する中で、各企業が限界を感じて、何か新しいやり方がないか?と従来の延長線上ではないものを探り始めました。
 これからは自ら問題を定義し、コンセプトを創造し、市場を創り出していかない限り、大きな収益を生み出すことは難しくなってきました。そこで注目を集めるのが、イノベーションを生み出すマネジメント手法である「デザイン思考」です。

●デザイン思考はイノベーション技法
既存の延長ではなく、新しい問題を発見しゼロベースから発想するのにデザイン思考は向いています。今日の先進企業は、今までのように開発済みのアイデアをより魅力的にすることだけがデザイナーの仕事とは考えておらず、開発プロセスの初期にアイデアを出すようデザイナーに求め始めています。デザインは思考プロセスの1つとして上流に移りつつあります。今は何が問題かを考え、解決策を探す方向にデザイナーの仕事が広がってきました。

<デザイン思考の日本での動き>
●日本でもデザイン・シンキングの手法を採用する企業が増えている社内の各部門だけでなく、顧客やパートナー企業も含め様々な人達が集まり、課題の解決をはかるための「共創の場」が生み出されています。
 ワークショップ形式で自由に議論して新しい発想につなげ、新規開発やサービスに結びつけようとする動きです。

●ソニーは2014年に「クリエイティブラウンジ」を創設
ワークショップだけでなく3Dプリンターなども設置し、議論しながらすぐにプロトタイプを製作できるスペースを設けました。新商品プロジェクトが次々と立ち上がり製品化もされています。
 日立製作所も東京・赤坂のオフィスビルに2015年「顧客共創空間」を設けました。壁や机に組み込んだ大型ディスプレイで様々なシミュレーションができるように設計され、ユーザーや社内外の関係者が1日のワークショップで議論し、仮説検証して、方向性を示すところまで一気にできるように環境整備されています。

●韓国ソウル郊外に企業支援施設「AppHausアップハウス」
「デザイン思考」を移植し、起業を活性化することを目指して、朴槿恵大統領が自ら誘致し、独SAPが運営しています。SAPも顧客が抱える問題を洗い出した上で様々なソフトやサービスを提案するデザイン思考型のコンサルを2012年より本格的に開始しています。
(日経産業新聞)
 SAPの創業者Hasso Plattner氏は先のスタンフォードのd.school(正式名:Hasso Plattner Institute of Design at Stanford)の創設に$35,000,000を寄付しています。

<デザイン思考の方法論>
●デザイン思考のプロセス
デザイナーの思考法にできるだけ近づくためにデザイン・シンキングの手法をプロセス化した方法論をd.schoolが提供しています。この方法論をもとに東京大学のi.schoolでも人間中心のイノベーションの実現に不可欠な「理解」と「創出」、「実現」の3つのステップに基づきワークショップを展開するなど、独自の手法を打ち出しています。

●デザイン思考の5つのプロセス
デザイン思考は、共感(Empathize)→問題定義(Define)→アイデア創出(Ideate)→プロトタイピング(Prototyping)→検証(Test)の5つのプロセスで展開されます。ここでは詳しく触れませんが、現状を分析・理解してアイデアを考えて、プロトタイプで検証して再度、現状を分析したり考えたりする、といった思考法です。
 筆者もデザイン畑出身なのでモノを創ったりするときは、レベルの違いはあれ、使用者(生活者)視点に立って観察・洞察を重ね、アイデアを形にし、スケッチや模型をつくったりしながら検証を繰り返し、行きつ戻りつしつつソリューションへ繋げてきました。

<デザイン思考の可能性>
 任天堂のWiiは社員の家庭の観察を通じて、ゲーム機を持つ家庭では「リビングでの子供の滞在時間が短い」ことを発見し、「家族が楽しめる」「家族の関係を良くするようなゲーム」というコンセプトのも一世を風靡しました。
 個々の知恵や経験や価値観を共有化していくことに、デザイン思考の手法は色んな可能性を秘めているのではないでしょうか。
 消費から参加へ、観察によって共感を手繰り寄せ、さまざまな可能性を探っていきたいと思います。

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■執筆者プロフィール
藤井健志
一級建築士、中小企業診断士、ITコーディネータ
(勤務先)(株)日商社 MICE事業部