コラム

【コラム】中小企業のDX人材育成 – デジタル時代を生き抜くための戦略的アプローチ

はじめに

デジタルトランスフォーメーション(DX)は企業の競争力を左右する重要な要素となっています。しかし、多くの中小企業にとって、DXの推進は容易ではありません。特に「人材育成」は、DX推進における最大の課題の一つとなっています。中小企業白書2022の調査によると、デジタル化に積極的に取り組む企業ほど業績にプラスの影響が出ていることが明らかになっています。本稿では、中小企業におけるDX人材育成の重要性と具体的な取り組み方について、実例を交えながら詳しく解説していきます。

DX人材育成の重要性と現状の課題

総務省の調査によると、DX推進における最大の課題として「人材不足」が挙げられています。特に中小企業では、ビジネスアーキテクトやデータサイエンティスト、ソフトウェアエンジニアといった専門人材の不足が顕著です。ビジネスアーキテクトは、デジタル技術を深く理解し、ビジネス現場での導入を設計できる人材として重要です。また、データサイエンティストはビッグデータから価値ある情報を抽出し、経営判断に活用できる分析力が求められます。ソフトウェアエンジニアは、必要なITシステムを効率的に実装し、セキュリティを考慮したシステム開発ができる技術力が必要です。

 

ただし、中小企業でいきなりソフトウェアエンジニアなどを育成することは困難です。ITコーディネーターはデータサイエンティストやソフトウェアエンジニアといったデジタル人材のご支援ができます。しかしビジネスアーキテクトと呼ばれる自社の業務をデジタル活用し効率上げていく人材は、外部の人材では力不足です。中小企業においてはソフトウェアエンジニアを育てるというよりも、まずは自社の業務に精通した方がデジタル領域に踏み込んでいくことをおすすめしています。

 

成功する人材育成の3つのポイント

以下では、京都市のデジタル化支援と同様な制度で、専門家のご支援を受けられる堺市の産業DX支援センターの事例を紹介します。

・基礎作りと段階的な導入

はじめに、株式会社福井の取り組みです。同社では、まず全従業員に一人一台PCを支給することからスタートし、その後グループウェアの導入、さらには高度なデジタルツールの活用へと段階的に進めていきました。このアプローチにより、社員のデジタルリテラシーを着実に向上させることができ、各ステップでの成功体験が次のステップへの意欲を高めることにつながりました。

シャローム株式会社でも同様のアプローチを採用し、使いやすいカスタムアプリの構築から始めることで、社員のデジタルへの抵抗感を効果的に軽減させています。段階的な導入により、社員が無理なくデジタルスキルを習得できる環境を整えることができました。

 

・リーダーシップと実践的な関与

株式会社マスターの事例は、トップのリーダーシップの重要性を示しています。同社では、社長自らがAccessを使ってシステムを開発し、社員のデジタル化への取り組みを促進しました。経営層が率先してデジタル化に取り組むことで、組織全体のデジタル化マインドが醸成され、現場の課題に即した実践的な解決策が生まれています。

株式会社マツモト工業でも、経営者自らがデジタルツール導入を主導し、段階的な改善を重ねながら、全社的なデジタル化を推進しています。トップのコミットメントが、組織全体のデジタル変革を加速させる原動力となっているのです。

 

・外部リソースの効果的な活用

堺ヤクルト販売株式会社の事例では、外部業者をヘルプデスクとして活用し、ICT環境整備の負担を軽減しました。また、株式会社福井では、副業人材を招聘してシステムチームの育成を進めるなど、外部知見を効果的に取り入れています。外部リソースを活用することで、専門的なノウハウを短期間で獲得し、内部人材の育成を加速させることができます。

人材育成の具体的なステップ

人材育成を成功させるためには、まず企業としての長期的なビジョンを明確にし、全社で共有することが重要です。具体的で測定可能な目標を設定し、社員全員が理解できる言葉で表現することで、組織全体のベクトルを合わせることができます。

 

次に、そのビジョンを実現するために必要な人材像を具体的に設定します。現在の業務プロセスを分析し、将来必要となるデジタルスキルを特定した上で、段階的な育成計画を策定していきます。

 

さらに、既存の社員の中からデジタルリテラシーの高い人材を発掘し、重点的な育成を行います。デジタルツールへの適応力や新しい技術への興味・関心、問題解決能力とコミュニケーション能力を持つ人材を発掘し、将来のデジタル化推進の中核となる人材として育成していくのです。

 

教育リソースの効果的な活用

人材育成には、様々な教育リソースを活用することが効果的です。マナビDXやGacco、Googleデジタルワークショップといった無料の学習プラットフォームでは、基礎から応用まで体系的に学ぶことができます。また、Udemyやポリテクセンターなどの有料の学習リソースでは、より専門的なスキルを習得することが可能です。

 

これらの教育リソースを効果的に組み合わせることで、社員のスキルレベルや学習ニーズに応じた柔軟な育成プログラムを構築することができます。また、ITパスポートなど資格取得支援を通じて、社員のモチベーション向上と技術力の可視化を図ることも重要です。

 

おわりに

DX人材の育成は、一朝一夕には実現できない長期的な取り組みです。しかし、明確なビジョンと段階的なアプローチ、そして適切な外部リソースの活用により、着実に進めることが可能です。

 

重要なのは、「完璧を目指すのではなく、できるところから始める」という姿勢です。小さな成功を積み重ねることで、組織全体のデジタル化への意識が高まり、さらなる発展への原動力となります。

 

デジタル時代において、企業の競争力を高め、持続的な成長を実現するためには、戦略的な人材育成が不可欠です。本コラムで紹介した方法論や事例を参考に、自社に適した人材育成の方法を見出し、実践していただければ幸いです。今こそ、戦略的なDX人材育成に取り組む時です。

 

◆執筆者プロフィール 


山口 透(やまぐち とおる)

 

デジタル変革(DX)と生成AIを活用したコンサルティングを手掛ける株式会社エムティブレイン代表取締役。

 

大手企業から中小企業まで、経営とITの架け橋として、業務改善やDX推進を幅広くサポート。生成AIやIoT、デジタル化を活用したDX推進に強みを持ち、業務効率化やマーケティング戦略の革新を実現。社外CIOサービスを提供し、企業のデジタル戦略を強力にバックアップしている。

 

特に中小企業向けDX推進に注力し、製造現場や営業部門などの現場を熟知した変革を行う。+DX認定試験の問題作成プロジェクトリーダーとして、DX人材育成にも尽力。AIセミナーの企画・運営を通じ、企業のAIリテラシー向上に貢献。

 

京都華頂大学(2025年度)非常勤講師のほか、関西学院大学と大阪経済大学の中小企業診断士養成課程でデジタル化の講義を担当し、次世代デジタル人材の育成にも携わる。

 

資格:

– ITコーディネータ

– システムアナリスト

– 中小企業診断士

 

著書:「ITコンサルティングの基本」(共著、日本実業出版社)他

 

ウェブサイト:https://mt-brain.jp