コストダウンによる競争力強化法/梅津 政記

1.販売力強化の前にまずコストダウン

 ほとんどの市場が成熟化している昨今、売上額を上げようと思っても1ヶ月や2ヶ月で簡単に上がるものではありません。まして、新商品を販売しようとすればなおさらの事です。さらに、売上が上がるまでの期間、営業担当者の人件費や広告宣伝費などかなりの費用が必要になります。
販売に全力を傾ける前に今一度、自社の足元をチェックしてください。企業は通常、社内にいろいろな無駄を抱えており、ぜい肉をつけたまま、販売力強化に走ると、エネルギーのロスはかなり大きくなってしまいます。そのためには、コストダウンをしっかり行って、社内の無駄を徹底的に取り除くことが必要です。

2.いたる所に無駄を発生させる「他人ごと意識」

 「わが社ではかなりコストダウンを実施しており、これ以上絞れるところはない」と感じておられる経営者および経営幹部の方もいらっしゃると思います。
しかし、本当に、社内にもはや無駄は存在していないのでしょうか?
無駄を発生させる根本原因の一つに、従業員の「他人ごと意識」をあげる事ができます。「この問題は自分の担当外だ。自分の担当のことだけをやればいい」、「わざわざ骨の折れる問題に深入りしたくない」、「自分は言われたことだけをやればいい」。この意識が会社の無駄、非効率を見てみぬふりをさせてしまいます。
例えば、トイレの汚い会社は、「他人ごと意識」が充満している会社に間違いありません。従業員の全員が「誰かがトイレをきれいにしてくれるだろう」と思っているからです。

部門間に生じる非効率、時流に合わなくなったものにいつまでも固執する保守的態度、これらを改善できないのは「他人ごと意識」のためである、と言っても過言ではありません。
しかし、従業員の「他人ごと意識」を取り除きたいと思っても、従業員に対し何も対策を打たないならば、「他人ごと意識」は100%改善できません。従業員にとって、会社は他人のものであり、自分の所有物ではないからです。「給料をもらわなければならないから仕方なしに働いている」、という意識がでてくるのも仕方がありません。

 ではどうすれば、「自分ごと意識」に変換できるのか?
自分のことであると、自分の無駄、非効率は、たとえ1円でも無視できなくなります。コストダウンを進める上で、従業員を「自分ごと意識」に代える重要なポイントは次の3つの項目です。

(1)経営上の数字(貸借対照表、損益計算書など)は従業員に公開する
(2)大義名分のある中長期損益予算を作成する
(3)従業員参加の月次ベースでの予実績管理を徹底的に行う

以下、それぞれについて説明します。

3.経営上の数字(貸借対照表、損益計算書など)は従業員に公開する

 会社の経営状況が分からなければ、従業員に「他人ごと意識」が生まれるのも当然です。従業員に経営状況を理解してもらうために、貸借対照表や損益計算書など経営上の数字を公開することは、彼らの意識を「他人ごと意識」から「自分ごと意識」に変えるためにもっとも重要です。
また、売上が右肩上がりの時代は、数字を公開しなくても、賃金は上昇しました。だから従業員の不満は解消できました。しかし、売上がなかなか上げられない昨今、賃金もなかなか上げることはできません。従業員の不満は自然と高まります。
難局打開のためには、会社の状況を従業員に説明し、問題点を共有化しなければなりません。
とりわけ、コストダウンは従業員が敬遠したくなるテーマです。この課題を実行するためには、経営上の数字を公開し、彼らの理解とやる気を喚起することが大切です。

4.大義名分のある中長期損益予算を作成する

 コストダウンを行うといっても、むやみやたらと実施するのではなく、しっかりとした計画に基づいて実行しなければなりません。そのためにはまず、明確な中長期展望を持つ事が必要です。しかも、展望の中には、従業員が納得し彼らの心を1つにまとめる大義名分が必要です。

 例えば、昨今、業績の長期低迷により、銀行に対する借入金が大きく膨らんでいる会社が少なくありません。私は、銀行に対する借入金は長短合わせて月商の3ヵ月分以内に押さえなければならないと考えています。それを超えるとみるみる間に、月商の6ヵ月分、さらに年商分の借入金へと膨張してしまいます。苦労して稼いだ営業利益の大半が銀行への利息支払に使われ、会社には何も残らない状態になります。このような会社では、3年から5年の間で借入金を月商の3ヵ月分以内に押さえる中長期予算編成が必要不可欠です。
また、最近では、銀行対策上、赤字決算を出すことは絶対に許されません。一期でも赤字になると銀行の態度は一変してしまいます。同じように、顧客が官公庁の場合も、赤字決算を出すと評価が大きく下がってしまいます。
業績低迷のケースばかりをあげましたが、もちろん業績好調の会社も多くあります。そのような会社では、中長期の利益目標を明確にし、そのために必要な売上目標、経費目標を設定していきます。このケースで大切なのは、目標達成した利益をどのように配分するのか、配分のルールを明確にすることです。いくら頑張って利益を出しても、従業員に納得のできる利益配分がなされなければ、彼らは本気になって目標達成しようと言う気にはなりません。

 以上、3つのケースを上げましたが、いずれのケースにしろ、目標達成のためにはコストダウンの実施が必要不可欠です。その際大切なのは、なぜその様な目標設定になったのか、従業員が理解できる大義名分が必要だということです。その大義名分のもと、目標達成に向け従業員の心を1つにまとめることが非常に重要です。

5.従業員参加の月次ベースでの予算実績管理を徹底的に行う

 中長期損益計画の次は、それに基づいた来期月別損益計画の作成とその実施です。コストダウンを推進する上で大切なことは、月次ベースでの予算実績管理を徹底することです。その要領を説明します。

(A)従業員参加型で効率的なコストダウンを行う

 コストダウンを実現するためには、経営者一人がいくら頑張っても限界があります。先にも触れたように、数字を公開することにより経営課題を従業員と共有化し、従業員参加のもとでコストダウンを進めることが最も効率的です。
そのためにはまず、コストダウンの担当者を決定することです。例えば、材料の仕入れは購買部長、外注や工場の人件費、製造固定費は工場長、間接部門の人件費、固定費は総務部長が担当します。

(B)月次ベースでの予算実績管理を徹底的に行う

 毎月の会議で予算と実績の差異を検討します。その際、各担当者に予算と実績の差異を発表してもらうことです。彼が差異の原因を把握しているかどうかを確認するためです。重要なのは、予算未達の場合それを責めるのではなく、何故達成できなかったのか、彼らがその原因を月次損益での勘定科目ベースで押さえているかどうかです。その把握ができていれば、日々無駄な経費を使うことにブレーキがかかりますし、どうすればコストダウンができるのか、その対策を考えるようになります。彼らがその意識を持つようになると、コストダウンは驚くほど進みます。

(C)悪い芽は早め早めに摘み取る

 毎月の予算実績管理をしっかりと行っていれば、コストが上昇傾向にあるものを早め早めに発見することができます。例えば、人件費の中の残業代がここ2~3ヶ月上昇傾向にあり、人件費の予算をオーバーしているとします。残業代は一旦上昇傾向になれば、それを放置しておくとなかなか下がらないものです。しかし、残業が本当に必要か毎月チェックするだけで、結構簡単に残業は減ります。
しかも、早く手を打てば打つほどその効果は上がります。
このように、コストが上昇傾向になれば、すぐにその原因と対策を検討し、コスト上昇の芽を早め早めに摘み取ることが必要です。そうすれば無駄なコストアップを確実に抑えることができます。
ただし、ただ単にチェックするだけではなかなかコストが減らないものも当然あります。そういった場合には、その問題を特別に取り上げ集中的に検討して対策を講じることが必要です。例えば、人件費や在庫費用などです。

(D)部門経営者を育成する

 この予算実績管理を毎月徹底的に行えば、コスト感覚は短期間に驚くほど向上します。中には「変動費や固定費などの言葉を聞くのは初めてで、意味がまったく分からない」といわれる経営幹部の方もおられます。しかし、彼らがこの予算実績管理をはじめて半年もすると、すばらしいコスト意識を持つようになります。
部門別の業績を管理する場合でも、部門長の責任として、これまで売上・粗利予算の範囲でしか見ておられないケースは決して少なくありません。そういった部門長が、部門の営業利益まで責任を持たなければならなくなると、販売管理費のレベルまできめ細かく費用の支出状況を見なければならなくなります。そうすると、部門の経営全般にわたって広く目が行きわたるようになります。このような経験の積み重ねによって、今までせいぜい売上と粗利しか注意していなかった部門長が、経営全般にまでバランスよく注意がいきわたる、素晴らしい部門経営者に変わっていくのです。


■執筆者プロフィール

梅津政記(うめづ まさき)
株式会社新経営サービス
チーフコンサルタント 中小企業診断士・ITコーディネータ
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