IT利用を活性化する方策の考え方/中村 久吉

経営戦略を策定し、経営トップの肝いりで、その戦略遂行をサポートする方向の情報システムを導入したはずなのに、今一つ導入効果が現れてこない。いや、情報システムを十分に活用しようとせず、従来どおりのやり方で業務遂行しようとする傾向が見られる・・・。
あなたの会社では、このようなことは起こっていませんか?
これでは、高価なIT投資を無駄にしてしまいます。何か、何処かで、ミスマッチが起こっているのですね。情報システムによる処理と実業務の流れが噛み合っていないのでしょうか、あるいはシステムを使いこなす現場要員の教育・訓練が出来ていないのでしょうか、現業のモラールが地に落ちているのでしょうか?
以下、IT利用を活性化する方策を考える際の、基本的な視点を検討します。

 ITを利用して企業業績を向上させるには、情報システムを導入した、つまりITインフラを整備しただけでは、うまく行きません。企業活動において、付加価値を産むのは、情報システムそのものではなく、それを使う現業の人々です。
良くできた情報システムがあっても、現業の人々を活性化しなければ成功するはずは無いのです。ITインフラの整備と並んで、人材対策が重要です。また、組織の目的達成のために、全体的観点からの統制も働かなければなりません。この関係が分かるように下に書き表してみました。つまり、戦略的なIT活用には、ITインフラとともに企業文化、情報リテラシ、情報ガバナンスのバランスの取れた経営施策が必要となります。

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    * 情報リテラシ *
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     +  +
    + — +
    +  情報  +
   + ガバナンス  +
  +    ———-   +
+            +
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* ITインフラ *++++* 企業文化 *
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1)企業文化について
 企業文化とは、組織内における価値観と行動規範の体系であって、経営理念の上に築き上げられた企業の個性であると言えます。これと似た意味で用いられる企業風土は、組織としての過去の成功体験や失敗体験の上に築かれた暗黙のルールや習慣の集積を指すことが多いようです。日本には、明確な企業文化のない組織が多くありますが、企業風土はどんな組織にもあるわけです。厳密に言うと、企業文化は企業風土の上位概念と言うことになりますが、重なった部分が多く、両者を区別せず企業文化とします。重要なことは、企業文化を形成する過程で、経営・管理職層の果たす役割が非常に大きく、経営・管理職層によって企業文化は決定づけられる点にあります。
 好ましい企業文化を築き上げるのも、不良資産のような企業文化を創るのも、経営者および管理職層に全て起因していると言うことは、意外に認識されていないようです。これを逆に言いますと、経営・管理層次第で、企業の発展に適したように企業文化を変えることができるということです。
 それでは、企業文化と経営戦略とは、どのように関わり合うのでしょうか?
先ず、企業文化は組織構成員の考え方、判断の仕方、行動を内面から規制しています。企業文化が策定された戦略方向と合っていないとしたら、「笛吹けど踊らず」の状態となり、戦略実現が困難になります。この場合、企業文化を変革し、業務を変革しなくてはなりません。企業文化は、組織構成のあり方や社内の各種制度およびコミュニケーションに影響を及ぼしているほか、逆にこれらからの影響を受けて形成されます。従って、組織体制や各種の制度等を変えることも、企業文化を変革する有効な方法の一つです。もちろん、中小企業の場合は経営トップの影響力が強大ですから、社長自ら明確な方針を表明することが、変革への大きな駆動力となります。いずれにせよ、企業文化は、従業員のモチベーションを高める職場環境となるようにしたいものです。

2)情報リテラシについて
 情報リテラシとは、情報及び情報システムを有効に活用する能力レベルです。
ITインフラや企業文化は個人としての人材にとっては、自分自身が関わることはあっても結局は外部環境であり、情報リテラシは自身の内部能力です。この点を考慮して、IT利用を活性化するための経営施策は、外部環境の整備と内部能力の育成とのバランスを図る必要があります。従業員の所属組織に対するロイヤリティが低下している現今では、自身のスキル成長を支援してくれない企業には定着しない傾向があることを考えると、重要なことと言わねばなりません。同時に、個人のリテラシ・レベルのバラツキが大きいと、組織としてのIT活用の足を引っ張ることにもなります。

3)情報ガバナンスについて
 情報ガバナンスとは、文字どおり情報および情報システムを、組織的に企画、調達・開発し、利用し、維持管理し、廃棄して行く過程の組織としての継続的な統治活動を言います。人間が、乳児から幼児になり、少年・少女になり、青年・大人に成長し、壮年・実年と熟成して行くように、組織にも当然に成熟度というものが考えられます。すなわち、ITに関する成熟度が、その組織の情報ガバナンス・レベルと言えましょう。情報ガバナンスはITインフラ、企業文化、情報リテラシの全てに関わり、影響する重要なものです。この情報ガバナンス・レベルが低いと、組織的なIT活用ができず、企業としての競争力の源泉を強化することができません。
 そこで、情報ガバナンスを達成する第1歩は、IT資産の標準化を行うことから始まります。早い話が、誰かが社内標準で定めていないソフトウェアを利用していて、パソコンのトラブルを引き起こした場合、無駄な修理費や労力・時間を費やすことになります。従って、情報の生成、移動、蓄積、検索、加工、維持管理、廃棄、および情報システムの企画・立案、設計と調達・開発、導入、運用・維持管理、廃棄等のプロセスにおける手続きの標準化が必要となります。ITの標準化は、不要なトラブルの無駄を防止して、組織としての所期の業務品質および成果を確保する有力な方法なのです。
 もう一つ、情報セキュリティについては、説明をする必要がないくらい日常茶飯事的にマスコミに取り上げられています。情報セキュリティ事故を起こすと、企業組織の信用を失墜し、企業に莫大な損害をもたらすほか、最悪のケースでは企業の最終目的である存続さえできなくなってしまうことがあります。にも関わらず、ウイルス被害や個人情報の漏洩は、相変わらずニュースとして登場しているのです。加えて、時折は社会的に重要な情報システムの停止事故やハッカーによる侵害が報じられています。中小企業では、特にウイルス被害や情報漏洩が重要な対策案件です。情報セキュリティ事故で特徴的なことは、外部からの侵入よりも、組織内部または組織内部を知る者からの犯罪が多く発生している点です。
従って、情報セキュリティ事故を防ぐには、情報セキュリティ・マネジメントシステムを構築し、それをキッチリと維持・見直し・運用する継続的な取り組みが重要です。


■執筆者プロフィール

中村久吉(なかむらひさよし) eri@nakamura.email.ne.jp
戦略の立案から、組織・人材・情報システムの最適化、及び情報リテラシ教育、ISMS(情報セキュリティ・マネジメントシステム)構築まで、一貫してサポートします。
ITコーディネータ、中小企業診断士、ISMS主任審査員、社会保険労務士