[概要]
1980年代,21世紀は日本の時代であるといわれたが,近年,日本企業が国際競争力を失って久しい.米国では,既に1960年代に大規模研究プロジェクトのマネージメントに関する技術経営(MOT:Management of Technology)の研究が開始されている. 1980年代後半には、技術経営の研究が本格的に開始されている.一方,日本では,これに遅れること約20年の後,米国流の技術経営の議論が展開され始めた.最近になり,この技術経営の教育が広く一般に知られるようになった.
ここでは,この技術経営の経緯・考え方を中心に論じる.
1.はじめに
1970年代後半,エズラ・F・ヴォーゲル氏(注-1)は,著書「ジャパンアズ ナンバーワン・アメリカへの教訓」の中で「21世紀は日本の時代である」といわれていた.しかし,1990年代の初めに発生したバブル崩壊により日本経済の脆弱性が露呈した.いまや,本当に「21世紀は日本の時代である」のかどうかは,疑わしくなってきている.その証跡として,2004年の欧州の有力ビジネススクールIMD(経営開発国際研究所,本部・ローザンヌ)による各国の国際競争力をランキング「世界競争力年鑑」では,日本の国際競争力評価は第9位である.ちなみに2003年は,第11位である.
2.技術経営の背景
1980年代,日本の自動車,鉄鋼,重工,産業機械,電機,エレクトロニクス,部品などの基幹産業において,米国を凌駕するまでに繁栄しつつあった.これは,当時の日本がもっとも得意とする新製品開発力や大量生産技術力が花を咲かせた結果である.振り返ってみると,日本の「モノ造り」が絶好調の時期であった.このことは,当時の日本の技術経営が成功したといってもよいであろう.
米国は,この日本の技術経営の繁栄を直視し,国際競争力の源泉を徹底的に研究した.1990年代に入り米国企業は,知的な技術資源を梃子にし,日本企業の優れている新製品開発力,生産力,品質・信頼性保証力,価格競争力などを徹底的に調査・研究した.そして,米国の得意とする新規アイデアの具現力(発明・発見,試作開発)を付加させた米国の技術経営が,始動したのである.
この間,米国では1993年,クリントン元米大統領政権下のゴア副大統領が提唱した「情報スーパーハイウエイ構想」の実現が始まった.米国は,これを契機として様々な分野での良い意味での変化が始動し,米国の技術経営の始動と併せて米国産業界は大きく変貌・発展を遂げてきた.
米国経済は急回復・成長し,現在もその景気は良好な状態が続いている.この情報スーパーハイウエイ構想(高速インターネット)こそ,米国の技術経営を支え繁栄させている重要な要因になっている.
3.米国流と日本流の技術経営
3.1.米国流の技術経営
米国流の技術経営は,1960年代,MITのスローンスクール(経営大学院)にて「研究・開発におけるマネージメント」の研究が始まったことに端を発する.
その後,「技術移転」,「技術革新」,「技術戦略」と変遷し,現在では「企業ベンチャー(技術経営)」という位置づけである. 技術経営は,「企業の技術課題を解決するために,技術投資の意思決定をおこない実行することである」と定義されている.
技術経営の目的は,「技術投資の費用対効果を最大化すること」である.この目的を達成するための要素は,下記の6項目である.
(1)研究開発マネージメントの徹底化
(2)経営戦略と技術戦略との協調
(3)技術戦略の立案
(4)技術投資の組織化・効率化
(5)技術人材開発の実行
(6)経営資源の充実と有効活用
米国が,1990年代を境に急激に復活した背景のもう1つ大きな成功要因は,大学・研究機関,エンゼル・投資家,ベンチャー企業,大手企業との間での新規ビジネス・チェーンが,確立されていたことであろう.それぞれの役割はつぎのとおりである.
(1)大学・研究機関 : コア研究・技術の発掘
(2)エンゼル・投資家: 有望技術に投資,夢に賭ける
(3)ベンチャー企業 : 新規事業実現の野望達成
(4)大手企業 : 有望ベンチャー企業との協業・M&A
米国の特徴は,ベンチャー企業が新規のビジネスを起業する場合,エンゼル・投資家は,その技術の「成長の可能性」すなわち,「知恵・知識の価値評価」を重視し,各種の訴求点に基づいて判断・投資されることである.この重要な点は通常,土地・財産等の担保を要求されることが少ないことである.また,一度,ベンチャー事業に失敗しても再度のチャレンジができる風土があることである.
良好な技術経営によって業績が向上したベンチャー企業は,大手企業とのアライアンスの締結,株式公開,M&Aなどを実施し,創業者利益を享受できる機会があることである.
3.2.日本流の技術経営
日本流の技術経営への取り組みは,ここ数年の間に急速に活発化しつつある.
我が国,政府は,経済産業省を中心に2002年度より経済産業省の事業として「技術経営コンソーシアム」を設立し,欧米諸国における最新の技術経営の状況調査を実施している.併せて,国内の大学・大学院が技術経営の講座を矢継ぎ早に開設し始めている.日本流の技術経営の啓蒙活動は,欧米の進んだ知見を導入し,日本に相応しいものを編み出そうとしている.
しかし,大きな枠組みでの技術経営の連携において,ベンチャー企業がエンゼル・投資家,特に銀行などより資金を調達する場合,技術的な「知恵・知識の価値評価」は,殆どの場合,投資資金の担保として認められないのが実状である.
土地・家屋等,何らかの有形の担保・保証人を要求される場合が多い.また,ベンチャー企業が,新技術開発実施し,大手企業と協業の打診をおこなっても,多くの場合,協業に成功することは希有である.すなわち,米国のように「知恵・知識の価値評価」を正当に評価されにくい状況にあるといえる.
一度,ベンチャー企業が,事業に失敗した場合,敗者復活は殆どの場合あり得ない.しかし,米国では,ベンチャー企業の創業に失敗した経験のある創業者に再投資をする場合がある.その理由に挙げられるのは,このような経験者の方が,成功確率が高いという評価をされるからである.すなわち,過去の失敗を二度と繰り返さない知見を持っているとの評価である.
4.おわりに
ここでは,技術経営について概説した.21世紀のビジネスは,やはり新規技術の出現を核にして発展していく可能性が大きい.このような意味において,技術そのものの「目利き」と「経営」の両方の能力を具備した人材の育成が,急務である.したがって,ITC資格保持者はその一翼を担うに相応しい人材と考える.
是非とも21世紀は,再度,日本の時代の到来を切に期待したい.
[参考文献]
1)早稲田大学ビジネススクール,MOT入門,2003年5月15日
2)澤田善次郎,技術経営と生産管理に関する一考察,日本生産管理学会,第20回全国大会講演論文集,pp.33-40,2004年8月28日
3)三好良夫,「MOTについて」,京都技術士会例会資料,2004年10月16日
4)山本尚利,「技術投資評価法」,日本能率協会マネージメントセンター
5)技術経営プロジェクト,METI’s Project
http://www4.smartcampus.ne.jp/index.php?7
注-1) エズラ・F・ヴォーゲル氏
ハーバード大学ヘンリーフォード二世社会科学教授,ハーバード大学アジアセンター,フェアバンクセンター東アジア研究所ディレクター
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■執筆者プロフィール
柏原 秀明
京都情報大学院大学 教授
ITコーディネータ,技術士(総合技術監理・情報工学部門)
ISMS審査員,ISO9000審査員補,公認システム監査人補,APECエンジニア(申請中)
email:kasihara@mbox.kyoto-inet.or.jp