”もはやITに戦略的価値はない”と題する論文がある著名雑誌に発表されて、大きな議論を呼んでいます。「ITはその能力が向上し、ユビキタス性が強まるにつれ、皮肉にも、その戦略的重要性は薄れつつある。歴史が示すとおり、ITも鉄道や電力と同じくつまるところ、インフラ技術でしかなく、今やコモディティ(日用品)化しつつある。」(注)という主張です。米国においてITバブルがはじけた後の時期であったため、多くの経営者の共感を得たとのことです。
読者の皆さんはこのような主張をどう思われますか?
ITを効果的に活用し経営革新、競合他社との戦略的優位性を実現することは、私たちITコーディネータがめざすものであり、多くの読者の皆さんも同じように考えられていると思います。しかし、マクロ経済的に見るとIT投資額の増加にもかかわらず、GDP(国内総生産)は伸びておらず、企業の生産性も向上していないのは事実です。
このような認識から、”IT投資は、企業の業績向上に結びついていない”、”IT投資は過剰であった”と声高に叫ばれるようになり、ITマネジメントの中心課題は、「不良IT資産を生み出さないことだ。」とまで言われるようになっています。
このような主張は正しいでしょうか?
確かにITはコモディティ(日用品)のように安価に手に入るようになりました。
電気やガス、自動車のように私たちの生活になくてはならない存在になりました。
PCはどこの企業でもあり、それによって競争優位を勝ち取ると考えている経営者もいないと思います。しかし、重要なのはここからです。
導入したITをどのように活用するかによって、企業の競争力の差は確実に生まれるのです。情報技術は日々進歩し価格対性能比は向上していますが、それを経営活動の中で使いこなす企業能力は立ち後れたままです。同じパッケージソフトを導入して、効果を生んでいる企業もあれば、失敗している企業もあります。成功と失敗を分けるのは、パッケージソフトの機能ではなく、それを使いこなす企業スキルの問題です。
ITの進歩は、ムーアの法則といわれるように急速ですが、その活用スキルの進歩は漸進的であり両者の溝は拡大しています。
ある研究者の調査によれば、IT投資で効果を生んでいる企業は、情報技術への投資額の10倍にも及ぶ投資をそれを使いこなすための人材育成や組織設計などに投入しているとのことです。IT投資による効果は、短期的なものではなく漸進的に現れるものであるといえます。IT投資で競争優位を実現している企業は、最新のITを導入している企業ではなく、ITを活用する企業スキルの蓄積に向け継続的に投資している企業に他なりません。
ITに戦略的な価値をもたらすのは、ITから価値を生み出す企業スキルなのです。
注:DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー2004年3月号からの引用
■執筆者プロフィール
藤原正樹(フジワラ マサキ)
ITコーディネータ 中小企業診断士 公認情報システム監査人(CISA)
e-mail: masaki_fujiwara@nifty.com