染色の世界には「寒の紅」という言葉があり、冬は、京都の染色工房では、紅花を用いて鮮やかな紅を染める季節でもあるそうです。寒さが鮮やかさを生み出すのだそうです。
ウォーム・ビズなどとはいえ暖房は欲しいなか、灯油が高騰してしまっているこの冬ですが、かつて、70年代前半に起きた第一次石油危機、ならびに、その後の第二次石油危機において、石油会社のロイヤル・ダッチ・シェル社が、優れた危機対応により躍進したことは、ビジネスの成功モデルとして有名です。
その際、シェル社が用い、その後も活用されている技法に「シナリオ・プランニング」があります。もともとは、軍事計画の方法論だった技法といわれています。
軍事に用いる技法が、その後、ビジネス技法に転じる例は多くあります。そもそも「戦略」「戦術」などという用語がそうですね。
第一次石油危機を迎える前に、シェル社のプランナーが書き上げたシナリオは
・石油価格はなんとか安定を保つ
(アラブ地域以外での新油田発見などの条件が付帯されたシナリオ)
・石油輸出国機構OPECの動きによる石油危機が訪れる
(十分に実現可能性があると見立てられたシナリオ)
の二つ。
後者の石油危機が現実のものとなったとき、既に経営陣が対応準備を整えていたシェル社は、すばやい意思決定による対応をみせ、同社は当時の七大メジャーのなかの弱小組から、エクソンに次ぐ2位にいっきに踊り出たのでした。
今では、いくつかの合併、吸収をへて、エクソン・モービル、ロイヤル・ダッチ・シェル、ブリティシュペトローリアルの3社が、3大メジャーとして知られています。
複数の未来を想定し、最終的にはそれを物語りとして書き上げるシナリオ・プランニングは、時として、未来予測法という側面から伝えられます。
近年に至るなかで、シナリオ・プランニングにも、様々に新しい展開方法が加えられ、応用も提唱されるようになりましたが、もともと、この技法で重要とされたのは、未来予測そのものではありません。
複数の将来の環境を想定し、柔軟に戦略を展開しようとするシナリオ・プランニングは、不確実性に対応する戦略策定方法として優れたものをもっています。ただし、そこでは、その策定のプロセスを通じて、経営者、管理者の意思決定が向上することや、組織的学習が行われることに価値があると考えられていることをあらためて理解しておきたいと思います。
ロイヤル・ダッチ・シェル社のシナリオ・プランナーだったピーター・シュワルツの著書(邦訳)によれば、「シナリオ作成の努力はすべて、自分の内面を見ることから始まる。まず自分が個人的に将来のことについて判断する際に使っているマインドセット(考え方の枠組み)を点検することから始まる」とあり、経営陣やビジネスに従事する人々のマインドセットが進化し、変わることで企業変革ができるとされています。
今まで身につけたマインドセットをとらえ直し、切り替えていくためには、様々なアプローチがあります。
経営者や経営陣自身が柔軟な感性をより磨くこと、そしてまた、社内、あるいは社外のパートナー先のなかにいる優れた感度の持ち主を、現在の職位や職務にとらわれることなく戦略プランニングの過程において登用することなども、今一度考えてみたいところです。
_〔参考〕____
シナリオ作成のステップ(ピーター・シュワルツによる)
ステップ1
-焦点となる問題または決定を下すべき問題を明確にする-
近い将来に決定しなければならなくなる事項を明確にする。
ステップ2
-部分的な事業環境におけるキーファクター-
ステップ1でとりあげた決定の成否に重要な影響を与える要因をリストアップする。
ステップ3
-ドライビングフォース-
ステップ2でリストアップできた要因に影響をあたえるマクロ的な環境のドライビングフォース(推進力)を、列挙する。
ステップ4
-キーファクターとドライビングフォースの分類-
ステップ1で明らかにした重要な問題、重要性という基準と、不確実性という基準とで、ステップ2、3でとりあげたキーファクターとドラライビングフォースを分類する。
ステップ5
-シナリオ・ロジックの選定-
シナリオが分岐していく軸を定める。
ステップ6
-シナリオへの肉付け-
ステップ2と3でリストアップされたキーファクターとトレンドに立ち戻って、シナリオの骨格に肉付けを行う。
ステップ7
-シナリオの意味-
ステップ1の焦点となる問題または決定に立ち戻って未来をリハーサルしてみる。
ステップ8
-先行指標と道標の選定-
どのシナリオが最も起こりそうかを知るための先行指標を探す。
原典:『シナリオ・プランニングの技法』
ピーター・シュワルツ原著 東洋経済新報社刊
*一部字句を改めています
■執筆者プロフィール
松井 宏次(まつい ひろつぐ)
ITコーディネータ 1級カラーコーディネーター 中小企業診断士
mailto:hiro-matsui@nifty.com