経営者の俯瞰力/馬塲 孝夫

 ●最近、中小企業経営者の方々にお会いする機会が多くあります。一代で、立派
 な事業を立ち上げてこられた創業者の苦労話や経験談は、ドラマチックで示唆
 に富むものであり、人生の生き方として非常に参考になります。それぞれの経
 営者には、それぞれ独自の人生観や経営哲学があり、それが厳しい事業環境を
 生き抜いてこられた大きな原動力だと思います。

●中小企業経営者にとって、長年の実務で培われてきた経験は非常に貴重な財産
 であり、時にはそれが企業にとってのコアコンピタンスです。中小企業経営者
 は、大企業の経営者とは異なり、本質的には自らも実務を遂行するプレイング
 マネージャであるのが特徴です。日本の中小企業経営者はこのような実務経験
 の上に、経営基盤を置き、そうして事業を育成、成長させてきたのではないで
 しょうか。

●戦後の高度成長期を経て、21世紀になると、これまでとは一転してゼロ成長
 時代に入りました。またIT革命や経済活動のグローバル化などで事業環境が
 激変しました。大競争時代の到来です。このような時代は、中小企業、大企業
 にかかわらず、生き残りのためには他社との差別化が必要となり、事業の独自
 性に基づいた競争力強化が求められ、このような時代には経営者の役割がます
 ます大きくなると言えます。

●先日、中小企業経営者の後継者育成を積極的に推進されている方にお会いしま
 したが、その方の意見では、現在の中小企業経営者に不足しているものは、体
 系的な経営知識だと仰っていました。つまり、実務経験から培われてきた経営
 手法だけでは、この事業環境を乗り切っていくのに、あまりに非効率であり、
 中小企業経営者といえども、種々の基礎的な経営知識を身につけていくことが
 不可欠であると言われていました。そして、中小企業経営者であればあるほど
 自分の経験を誇り、他に目を向けない傾向があり、そのような経営基礎知識を
 勉強しようとはしない、とも言われていました。

●仕事柄、経営者の能力開発の現場に接する機会が多いのですが、現在、まさに
 経営者に必要とされているのは、このような体系的な知識に裏付けられた、正
 確な環境分析力と大局的で迅速な判断力だと感じます。「知識」は、それだけ
 では何の役にも立ちませんが、それを使うすべを知っていると、非常に大きな
 力を発揮します。つまり、もし豊富な実務経験を持っている上に、そのような
 知識を持ち、自らの経験を「知識」というフィルターを通して見れば、それま
 ではつながっていなかった個々の経験の相互関係や位置づけが明らかになり、
 自社の置かれている事業環境の位置づけを分析したり、将来の経営戦略策定が
 スムーズにできるようになります。そうなれば、これまでなんとなく「勘」や
 「試行錯誤」に頼っていた判断が、もう少し合理的で有効なものになります。

●では、経営基礎知識とは具体的に何でしょうか。それは、財務会計、経営戦 
 略、マーケティング、組織・人的資源管理、そして最近ではITの知識だと一
 般に言われています。
 その中で、中小企業経営者にとって特に重要なのは、財務会計と、経営戦略に
 関する基礎知識です。財務会計の知識は事業の基本ですし、経営戦略論は、事
 業を大所高所から遂行していくために必須の知識です。

●ただし、注意しなくてはならないことは、財務会計であれ、経営戦略であれ、
 これらの知識を得たからといって、すぐに経営能力が高まるわけではない、と
 言うことです。得た知識が、自らの中で、ゆっくりとお酒が発酵するように醸
 成され、自分自身のものになってこそ絶大な威力を発揮します。そのためには
 一定の醸成期間が必要で、その中で自分の経験や課題に対応した知識の活用方
 法のシミュレーションが行われ、徐々に得た「知識」が自分仕様に形を変え、
 定着していくのです。この段階にまで到達すればしめたものです。

●知識や経験が個々の状態ではなく、相互に関連性を持ち体系化されると、物事
 を大所高所から見ることができる「俯瞰力」が養われます。現在の経営能力に
 おいて、知識と経験に支えられた「俯瞰力」が最も必要ではないでしょうか。
 「俯瞰力」を持てば、経営のフレームワークに基づき、自社の事業の置かれて
 いる競争環境を正確に認識し、その上で自社の独自性を発揮できるポジショニ
 ングを行うなどの経営戦略を立てることができ、それに沿って、社内外の専門
 家をうまく活用して的確な業務遂行を行うことができます。

●さて、問題は、このような「知識」なり、「俯瞰力」なりをどのようにして育
 成していくかです。まず、経営者の方々に、その重要性を充分に理解してもら
 わねばなりません。
 先にも述べましたように、現在のように事業環境がどんどん変化していく時代
 には、過去の成功体験が、ずっと通用する保証はどこにもありません。絶えず
 新しい情報や知識を吸収し、活用していくことが必要なのです。そのためには
 経営者の「学習」に対する積極的な取り組みが必要です。我々、中小企業のビ
 ジネス支援をする側は、この重要性についての「気づき」を持ってもらう場を
 できるだけ多く提供することが必要です。

●しかし、「気づき」を得たとしても、このような能力育成を自力でおこなうこ
 とは、日々忙しい毎日を送っている中小企業経営者にとって、時間的に不可能
 な場合が多いといえます。このため、新たな学習を諦めてしまいがちです。こ
 の問題を解決するためには、外部の経営資源を巧く活用することが重要だと思
 います。現在は、多くの経営者向け教育プログラムが開発されています。自分
 にあったプログラムを探し、活用することがうまい方法だと思います。

●世界のトヨタ自動車は、学習する組織として有名ですが、中小企業経営者にと
 っても、このような継続的な学習による「俯瞰力」の育成が、今後の競争力強
 化への大きなキーポイントではないでしょうか。


■執筆者プロフィール

馬塲 孝夫(ばんば たかお)
  ティーベイション 代表 (MBA経営学修士/ITコーディネータ補)

  中小企業基盤整備機構 近畿支部 研究員
  デプト株式会社 監査役
  E-mail: t-bamba@t-vation.com
  URL: http://www.t-vation.com

  ◆技術経営(MOT)、FAシステム、製造実行システム(MES)
   生産情報システムが専門です。◆

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