今回はITを経営に活用している事例として、昨年度のIT経営応援隊事業で発表された酒類販売業「もりもと」の森本章社長の話を、以下にご紹介しましょう。
「世の中変わる、商売変わる、酒屋が変わる」が、当社のテーマです。特に私どもの業界は、規制緩和で2~3年の間に大きく変わり、酒という商売は非常に厳しい情勢にあります。営業形態は、一般家庭や量飲店の外販が主体であったのですが、店売り主体に変わってきました。また、年中無休で、24時間営業で商売ができるネットビジネスが出てまいりました。スピードと便利さが要求されているのです。最近では、携帯電話によるメールで商品を注文されるパターンが増えています。携帯電話は、韓国、日本が一番進んでいるということなのですが、日進月歩で変化し携帯を使ったお客さまの集客、そして販促ということを考えると非常に費用がかかる、特殊な分野で技術者も少ないということでした。
それなら一つのビジネスモデルとして、いま困っている酒屋を何とか盛り上げるシステムを作ろうと思い、「お酒ネット.com」という会社を立ち上げようとしています。世の中はグローバル化が進み、海外からいろいろな企業、または技術や商品が入って来ます。ネットビジネスは、安心して買える、早くて便利なシステムとする必要があります。
でも、実際にネットビジネスというのは、手に触れるリアルな商売と違い、バーチャルで売るので非常に難しい面があります。ホームページを作っても、そう簡単に売れるものではありません。
私は、いつも商売は「Virtual in Real」
でないといけないと考えています。いくらホームページを技術屋さんがうまく作っても、やはり現場の売り場の楽しい雰囲気や臭いがにじみ出ていないと、商品は売れません。気楽に電話やファクスをもらう、メールをもらわないと、固定客をつくらないと、限界があるのです。うちの場合は、夜には若い人のメール注文が非常に多く、昼間は遠くからの電話やファクスの注文が多いのです。
自分でホームページを作っているのですが、商品を買ってもらうにはどうすれば良いのかという問題は、たいへん難しい。まして携帯電話でものを買ってもらおうと思うと、画面が小さいですし、説明文も短いし、写真も軽くないといけませんので、本当に難しい。売れるホームページというのは、目指す商品を探しやすい検索機能がないとだめです。そして、早く開く、つまりスピードです。3つ目は、その店が信用できるかと言うこと。特にセキュリティとか、決済、デリバリーのことがはっきりしていなければいけない。加えて、ホームページのデザインとか、色のセンスも洗練したものいうことで、私は今まで懸命に商売繁盛を勉強してきました。一方、私どもの固定客でも、儲かっているお得意さまや会社が少なくなって来ました。それだけ商売が難しくなってきた訳ですが、そうした中で商売をやっていくには、誰がやっても同じ結果が出せて、コストの掛からない方法で、しかも利益の出るやり方で仕事を進めて行く必要がある。これは、仕事のシステム化だと考えています。
「こんな不景気の中で沢山の人を使って、儲かりますか」と言われます。正直儲かりませんといった方が正しいかもしれません。でも、以前は10人以上いた事務員も、いまは4人でやっています。事務の合理化は目に見えて進んでいます。
社員の営業努力もありますが、赤字を出さずに会社を挙げて前向きにIT化に取り組んで、仕事をシステム化してきた。それで、いま何とかやって行けるのだと思っています。景気の良いときは、人手不足で酒屋は悩みました。質の良い従業員の確保がたいへん難しかった。反面、こうしたシステム化に取り組むことによって、いい人材が育ったと思っています。
社員にいつも言っているのは、システム化に取り組むことによって今までにない何かを考えること、そして何げなくやってきた無駄なことを省くこと、今からやれることをすぐ実行するということです。それと、夢を持って、楽しく仕事をして一歩前進するということで、やりがいを感じております。酒屋業40年になりますが、酒屋の売り場から、またお客さまからいろいろ教えていただいたこと、また仕事のなかで閃いたことを、何とか効率のいい商売に変えようと思い、それをコンピューターに置き換えるシステム化に取り組んできました。
まだ話しは続くのですが、IT化に取り組むスタンスは概ね伝わったのではないかと思います。第三者の立場からITコーディネータの中谷正明氏が「もりもと」を、外部から眺めて次のようにコメントしています。
中小企業におけるIT化成功のポイントを、私は5つで捉えています。1番目はトップの率先垂範です。2番目の大きなポイントは、餅屋の上手な使い方。技術的な細かいことまで社長自身が強い訳ではないのでしょうが、もともとITのプロの方で超ベテランの方をスタッフに持ちながら、IT業界のベンダーやアドバイザーとか、あるいはソフト会社などと色々な立場の支援者やチャンネルと広く関わりを持っておられるのが、森本社長の実態です。つまり、プロをうまく使われると言うことについても、非常に感心する。それから3つ目はITに関する見識。ITの詳細がわかるとか、解らないとか、そういう次元の話ではなくて、経営とITをどうやって結びつければ良いかということについて、ITに対する期待観を、しっ
かりとしたスタンスを持っておられます。それは非常に大事なのです。高くつくとか、安くつくとか、そういう話ではなくて、ITを使ってどうやって経営を効率的に進めるか、どうやってスピードアップをしていくか、どうやって新しいステージへ乗り込んでいくかと言うようなことを、いつも考えている訳です。
また、IT化というのは、経営の環境と同じように刻々と変わって来ますので、一度IT化すれば終わりというものではなく、それを踏まえて次のステップに向けてレベルアップしていく、改善していくという継続的な改善が必要になります。
IT化も既に20数年の歴史を経て、もう今や経営角度そのもの、ビジネス角度の中枢そのものがITなくしては成り立たなくなっている程に、継続的改善により経営に融合しています。そして5つ目としては、社長も含めて会社全体がプロの集団であると言うことを強調したいと思います。もりもとさんは、社員・パート・アルバイトを含めて60~70人という小ぢんまりした部隊で、あれだけのビジネスをなさっているのですが、その社員さん僅か22~23名のうち3分の1は、お酒のプロでソムリエであるとか、日本酒の酒匠というのでしょうか、あるいは利き酒師であるとか、そういう資格を持った方が8名います。そういう人材を育てたいという思いで、社長自身も努力しておられる。
以上、5つの要素が高い位置でバランスが取れている。それは、やはり素晴らしいと思うのです。
■執筆者プロフィール
中村久吉(なかむらひさよし)
ITコーディネータ,中小企業診断士,社会保険労務士,ISMS主任審査員
e-mail: eri@nakamura.email.ne.jp