1. はじめに
生産システムを構築・運用する場合,計画-設計-購買-製造-流通-在庫-販売-管理の一連の生産過程で重要なものに“ヒト・モノ・金”に加えて“生産情報”がある。併せて,生産過程で発生する様々な情報は,経営情報として加工・処理され企業の根幹となる売り上げ・利益情報にまとめられる。ここでは,この“情報”に注目し,情報を管理・運用する上で重要な要素の一つであるデータベースとそのパッケージ製品について述べる。
2. 「データ」と「情報」
昨今,“データ”と“情報”の意味を,明確に区別されて使われているだろうか。この両者の言葉の意味が明確に理解されていないと,話手と聞手との間で,明瞭な情報の伝達ができないことになる。近年,各種のメディアは,こぞって「ユビキタス社会」「戦略情報システム」「情報の洪水」そして「情報公害」と言った言葉を多用している。しかし,このことをよく考えてみると,「情報の洪水」は「データの洪水」であり,「情報公害」は「データ公害」ではないだろうか。データベースを概観する前にこの「データ」と「情報」の概念を曖昧に使わ れている懸念を一掃しておきたい。ここで,「データ」と「情報」の意味について説明する。(参考文献1)
(1) 「データ」とは
「現実世界の事物・事象を具現化し,可能な限り網羅したもの」又は「人が認識した事物や事象を取捨選択し,数字・文字など,他人が認識できる表現としたもの」
(2) 「情報」とは
「データの中から,個人や企業の立場上の関心や評価基準によって,選択加工したもの」又は「データの中から,人間それぞれが特定の価値感によって抽出や加工をして得られたもの」
(3) 一例
日常の新聞記事や写真は,さまざまな出来事や世相を表現したデータであり,読者が読んで理解した内容は情報となる。例えば,株式欄の意味が分からない人にとって,日本経済新聞やその他の全国紙版に掲載された各業界の企業の株式データ(数字)は,情報とは認識されない。このように「データ」と「情報」の意味は,大きく異なるのである。
3. データベースとは
データベースとは,「一つ以上のファイルの集まりであって,その内容を高度に構造化することによって,検索や更新の効率化を図ったもの」と定義されている。すなわち,コンピュータを利用する場合,適用業務が複雑化し,データ量が増加するにつれてデータファイルの種類が増加する。したがって,従来の単純ファイルへの記憶では,データ項目がいくつかのファイルに重複記憶されたり,更新・削除の整合性が取れなくなる。このような煩雑性や操作の誤りを回避するためにデータを一元管理できる仕組み,すなわちデータベースの概念が生まれた。
生産情報に求められるデータベースの要件は,経営・管理を中心とする販売・技術・製造の3極が,それぞれ互いに関連した必要情報を,安全・正確・迅速(リアルタイム応答)に検索・更新・削除できることである。また,過去の履歴を安全に保存し,かつ一元管理のもとに検索可能な共有状態にあることである。データの一元管理は,企業が国際的な舞台で活躍している現在では,分散管理が必須条件といっても過言ではない。
3.1. データベースの歴史
米国において,1959年に国防省の主催でコンピュータの利用者や製造業者の代表が集まってCODASYL(Conference on Data Systems Language)が設立された。このCODASYLのもとに1969年に開催されたConference on Data Description Language よりデータベースの議論が活発におこなわれ始めた。データベースの種類には,階層データモデル,リレーショナルデータモデル,オブジェクトデータモデル等を利用したものがある。
(1) 階層構造データベース
階層構造をもつデータベースは,基本的な2つの概念で構成されている。すなわち現実世界の実体に対応する事象の属性を表現したレコード型と,レコード間を結び付ける親子関係である。
(2) 関係データベース
関係データベース(リレーショナルデータベース)のモデルは,1970年にE.F.Coddによって提案されたものである。データを表形式で記憶し,データ項目間の関連を集合論の関係(Relation)概念を用いて表現している。現在,多くのデータベースは,このリレーショナル形式を採用している。このデータベースの特徴は,応用ソフトウエア等と関係データベースとの交信をおこなう場合,SQL(Structured Query Language )という国際規格として認められたデータベース問い合わせ言語が利用できることである。これにより,異なる関係データベースとの情報交換を,容易にすることが可能になっている。
関係データベースは,多くの産業界で利用されている代表的なデータベースである。前述のように一元化されたデータをクライアントとなる利用者が,データベースアクセス言語であるSQLによって,注目するデータに関するデータ処理が,容易にできるようにしたものである。関係データベースは,取り扱うデータを表(テーブル)の形式にてデータベースシステム内に記憶する。
この表には,名前が付けられている。表は,「行」と「列」で構成される。それぞれの「行」,「列」には,行名,列名がつけられ他のものと識別ができるようになっている。この各表のことを関連表(Relation)と呼ぶ。また,「行」はレコード,「列」はアイテムと考えて良い。それぞれ組(Tuple)と属性(Attribute)という。
(3) オブジェクトデータベース
1990年前後から,商業用のオブジェクトデータベース製品が提供され始めた。オブジェクトデータベースは,オブジェクト指向の考え方をデータベースに組み入れたものの表形式で,データを取り扱う代わりにオブジェクトモデルでデータを扱う。また,クラスという抽象概念でデータを分類し,リンクという概念でデータ同士の関係付けをおこなう。オブジェクトデータベースでは,「データと手続き(メソッド)」をカプセル化(一体化)してる。このようにすることにより複雑なデータ構造も容易にデータベース構築ができ,検索・更新等の各種の管理が容易になる。
3.2. データベース製品
1990年代初頭までは,データベース製品の実行環境は,大型コンピュータもしく
は,オフィッスコンピュータ以上の機種で稼働するものが主流であった。しかし,ワークステーションやパソコンサーバーが出現するに至って,現在では,Unix,Windows Server 2000/2003/2005サーバーやLinux等のOS上で実行できる関係データベース製品 例)Oracle,DB2,SQL
Server,SYBASE,MySQL,PostgreSQLなどがよく利用されている。
但し,BOM: Bill of Materialのような部品管理システムでは,要求する性能・機能を実現するために,前述のような関係データベースを利用しない場合がある。このような用途に対しては,コンピュータメーカと相談することが望ましい。
4. データベースの利用
4.1. エンジニアリング・データベース
生産情報管理において中核をなすデータベースの1つに,エンジニアリング・データベース(EDB)がある。このEDBで取り扱うデータ形式には,設計図面で用いる文字・数値データ・各種解析実験データ等のコードデータと図形・画像等を表わす形状データおよび各種記号データとがある。形状データ・記号データには,ベクトル形式とラスター形式の2種類のデータがある。それぞれのデータは,定型,非定型の両方が存在する。このようにEDBでは,データ形式の異なる各種情報の記録・検索・更新・削除が実行される。特に,画像の場合は,1枚あたりのデータ量が,数百KB~数MBと大容量であるため他のデータとの混在した利用が難しい。しかし,利用者側からすれば,これらデータの一元管理が望まれている。
また,中小・大企業がデータベースを構築する場合の目的をみると事務処理の効率化が1位である。
4.2. 最近のデータベースとパッケージ製品
近年,データベースに関する技術が一層向上してきた。一般の企業においては,情報技術が急速に進展するため,その技術に追いつくことも困難になってきているところもあるといわれている。近年特に注目されているのは,インターネットを利用したWWWデータベース・サーバーシステムである。
これは,データベースシステムの1種類として認知されている。今後この種のデータベース・サーバーシステムの活用が大きく進展するものと期待されている。一方,生産情報や経営情報を効率よく管理・運営するために,データベース機能を内包した各種のパッケージ製品が多く市場に登場している。
・ERP(Enterprise Resource Planning)パッケージ
経理情報,販売情報,生産情報などの企業全体の情報を一元管理して業務の効率化を図ろうとする概念。データベースで情報管理と更新を行い,各クライアントは管理されている情報を利用する。ERPを実現するためのシステムをERPパッケージまたは統合業務パッケージという。(参考文献2)
・SCM(Supply Chain Management)パッケージ
SCMとは,企業横断的に調達から生産・販売・物流の業務の流れを1つの「供給の鎖」(サプライチェーン)と捉えて,全体を最適に管理するマネジメント手法。SCMを実現するためのシステムをSCMパッケージという。(参考文献3)
・CRM(Customer Relationship Management)パッケージ
商品やサービスを提供する企業が顧客との間に,長期的・継続的な「親密な信頼関係」を構築し,その価値と効果を最大化することで,顧客のベネフィットと企業のプロフィットを向上させることを目指す総合的な経営手法。CRMを実現するためのシステムをCRMパッケージという。(参考文献4)
・PLM/PDM(Product Lifecycle Management/Product Data Management)パッケージ
工業製品開発の企画段階から設計,生産,さらに出荷後のユーザサポートなどすべての過程において製品を包括的に管理する手法。(PLM) (参考文献5)
工業製品の開発工程において,設計・開発に関わるすべての情報を一元化して管理し,工程の効率化や期間の短縮をはかる手法。(PDM) (参考文献6)
これらPLM/PDMを実現するためのシステムをそれぞれPLM/PDMパッケージという。
5. おわりに
ここでは,生産情報と経営情報の中核をなすデータベースとパッケージ製品について概観した。既知のようにデータベースシステムは,データの宝庫(Repository)と言われている。すなわち,データベースに蓄えられている「貴重な情報」さえあれば,それ以外のものが全て壊れてもこの「貴重な情報」から全てが再生可能であるとの期待である。21世紀の今日では,Webベースのデータベース活用により生産情報や経営情報をインターネット経由で「いつでも・どこでも」取得できる環境が整っている。企業活動をより優位に進めるには,良質な情報の取得・加工・処理・判断を迅速・正確に実現できる仕組みを構築することが,勝利者への重要な一歩であるといっても過言ではない。
参考文献
1)福森,柏原,他 CIMにおける実践的データベース構築法,(財)大阪科学技術センター 1994年10月
2)http://www.x-media.co.jp/jiten/index.cfm?ID=3977&KENSAKU=50ON&TOIAWASE=%E3%83%88
3)http://www.nri.co.jp/opinion/r_report/m_word/scm.html
4)http://e-words.jp/w/E8A3BDE59381E383A9E382A4E38395E382B5E382A4E382AFE383ABE7AEA1E79086.html
6)http://ew.hitachi-system.co.jp/w/PDM.html
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■執筆者プロフィール
柏原 秀明
京都情報大学院大学 教授
ITC,技術士(総合技術監理・情報工学部門),APECエンジニア
ISMS審査員補,ISO9000審査員補,公認システム監査人補
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