企業再生の現場から/成岡 秀夫

ここ1年間くらい、企業再生のお手伝いのお仕事をさせていただいている。京都府中小企業再生支援協議会という公的機関(経済産業省-中小企業庁-京都商工会議所内に設置)での業務である。いろいろな理由で、現在、事業がうまくいかない企業の再生のスキームを描くのが仕事である。

様々な利害関係者(ステークスホルダー)との直接の利害を調整し、場合によっては金融機関に債務免除のお願いをしたりする。債務免除となると大変で、なかなかことは円滑には運ばない。

債権者は債務カットは困るといい、債務者は当然ながら少しでも多くの債務免除を希望する。前提として、
(1)支援金融機関からの強力なサポートがあること
(2)事業収支が黒字であり、返済のキャッシュフローが十分に生み出せること
(3)債務超過が3年~5年で解消する予定が立つこと
(4)10年後の借入金残高がその時点のフリーキャッシュフローの10倍以内であること

上記のような条件を満たす企業で、かつ、一定数の従業員が雇用され、社会的な存在価値が認められる企業が対象となる。経済合理性に鑑み、もし破綻した時の配分を計算してみて、やはり、少々痛みがあっても再生したほうが、地域経済や従業員の雇用を考えると、はるかに将来に意味があると推測される企業が対象になる。

また、業種にも一定の制約があり、特殊な法人や遊興関係の事業は対象にならない。10年間の事業計画を描いて、その企業の企業価値やDCF(ディスカウントキャッシュフロー)を計算し、返済の計画を立ててみる。その上で、金融機関や債権者がどの程度協力してくれるかを、打診し相談する。

ときには、会社分割や新会社の設立による営業譲渡や債務の分離など、少々手荒な方法を検討することもある。いずれにしても、再生というからには、何らかの従来と異なるスキームが必要であり、集中と選択が必須なのだ。

この制度は金融機関が多く破綻し、経済産業省が産業活力再生特別措置法という時限立法を法制化し、その受け皿として大企業向けに産業再生機構、中堅中小企業向けに整理回収機構を作ったことから始まる。そして、各都道府県に「中小企業再生支援協議会」なる支援機関を設置した。特に、京都府、京都市は伝統産業を破綻から再生さすために、京都独自の枠組みで再生融資制度をつくり、企業再生の大きなバックアップになっている。

このようなスキームが成り立つ条件としては、経営責任の明確化も必要であり、個人資産の処分も俎上に上る。たいてい、中堅中小企業では、経営者が個人保証をしているから、経営者個人の責任も求められることになる。

非常に厳しいやりとりがあり、時間とエネルギーのかかる仕事である。なんとか債務免除や債権カットをしてもらっても、その後、また経営がピンチになってはいけない。6ヶ月ごとに試算表や決算書を金融機関とチェックして、再生計画の進捗を確認する。債権カットや債務免除も大事だが、むしろ、再生計画スタート後の進捗が大切だ。この過程で経営破綻が起きてはいけない。

詳しいデータで述べているわけではないが、個人的な印象では再生の対象になる企業や法人に特徴的な傾向はいくつかある。もちろん、債務超過になっているのだから、何かの経営のジャッジがまずかったのだ。

ひとつの傾向として、ITの成熟度が低いことが間違いなく言える。関わった某企業では、経営者の息子さんの若い役員さんですら、メールでのやりとりがきちんとできない。正月明けに送信したメールもなかなか見てくれなくて、情報の共有ができなかった。たかがメールでの情報のやりとりだけど、そもそも関心がないのかスキルが低いのか。

経営者のIT活用の意識の低さも驚きに値する。経営者がどれだけIT活用に積極的かがポイントになる。今まで見てきた再生対象の企業では、ITの活用が非常にお粗末だった。これは、何も経営者を責めるのではなく、周囲に積極的にITを活用することを推進するスタッフがいなかったからだ。ことほど左様に、現在では経営にITの活用は必須なのだ。

ITの活用と大上段に構えるより、現在では当然かも知れないが、社員全員がメールを駆使し、WEBを使いこなせて、かつ、ファイルのやりとりなども平気で出来る環境を作ることが大事だ。複雑な業務の精算や計算に、IT技術はどれほど役に立っているか。意外と世の中老年期を迎えてから、後悔する人が多い。

経営資源のうち、お金はまた儲ければ戻ってくる。人も得がたい人材はあるが、また、優秀な人を採用すればいい。モノは商品や製品と考えれば、また、いつか戻ってくる。戻らない経営資源は、実は「時間」なのだ。時間を浪費さす無駄な仕事や煩雑な仕事を、効率的に進めるために、ITの活用は避けては通れない。

分かっているのに出来ていないのが再生企業の実態である。再生のスキームは、とかくお金のバランスに目が行き勝ちだが、IT成熟度のレベルを上げないと、再生出発後の足取りが地につかない。描いたスキームがうまく達成できるのも、出来ないのも、社内のIT成熟度によるところが大きい。

概ね、今まで関わった企業は、IT成熟度が限りなく「ゼロ」に近い。またそれをきちんと経営者が自覚していない。問題点が明確であれば、まだ打つ手もあるが、気が付いていない場合が多い。

債務超過企業がほとんどだから、IT関係に投資をしたくても出来なかったということが事実かもしれないが、経営がおかしくなった期間は、大抵不要なものやシナジー効果の少ないものに投資をしている。そして、その判断が誤っていたと気が付いた時には手遅れが多い。手遅れでないなら、今のうちに整理統合をし、集中と選択を行い、未来に向かって意義のあるIT投資をしないといけない。

その意味では、ITCの存在意義は大きい。自分の足元、自分の会社のことが一番見えなくなるから、少し離れた位置から経営者に現状を正確に伝え、今後のIT投資の方向性を示してあげられることが出来れば、おそらくかなりな数の企業が、再生支援協議会の門を叩かなくても済んだのだろうと、いまさらながら考えてしまう。


■執筆者プロフィール

株式会社成岡マネジメントオフィス  代表取締役 成岡 秀夫
中小企業診断士/高度情報処理技術者
naruoka@nmo.ne.jp  http://www.nmo.ne.jp