ライフサイクルからの視点/馬塲 孝夫

 最近、マーケティングや、経営学では、日本のような成熟化した先進国において、事業環境が「モノ」作りから「コト」作りに変化してきた、とよく言われます。「モノ」作りとは、目に見える物理的実態としての「製品」作りを指し、原材料を調達して、それを加工、組立して顧客に販売しそれで終わり、というビジネスモデルです。ここにおいての重点は、いかに機能、性能、デザインの良いものを作るかであり、極端に言えば一旦そのような製品が製造でき、売れれば後は知らない、というビジネスです。

 それに対して「コト」作りというのは、ビジネスの対象を製品そのものとするのではなく、その製品を購入して顧客がどのような便益を受けるかを明確にし、それを製品の使用期間全てにわたって提供するというビジネスモデルです。従って、このようなビジネスモデルでは、製品を核にして、その周辺の各種サービスを充実化させ、顧客の便益を最大限にする、という戦略がとられます。

 言い換えれば、「コト」作りとは、製品の開発、製造、販売というビジネスのバリューチェーン(価値連鎖)を、製品が顧客にわたった以降もビジネスの範疇ととらえ、その中で製品価値を最大化していこうというものだと言えましょう。
このような立場に立つと、製品がどのくらいの時間、どのような使われ方をし、顧客がどのような恩恵にあずかるか、を製品の設計段階で考えなくてはなりません。そして、それがどのように経年変化していくのか、すなわち、製品が製造されてから使用され、その寿命が終わるまでの全期間、これは製品の「ライフサイクル」といわれますが、を考慮する必要があるわけです。メーカといえども、ビジネスのドメインが製造・販売だけではなく大きく拡大していることがお分かりになると思います。

 前置きが長くなりましたが、この「ライフサイクルという視点」が今回の本題です。この世の中に永遠に継続するものはありません。経営、イノベーション、製品全てにライフサイクルがあります。そして、このようなライフサイクルを的確に認識し、戦略を立てることが、これからの経営にとって新たなビジネスチャンスを獲得する一助になると考えられます。

 ライフサイクルの視点からの経営戦略として、「プロダクト・ライフサイクル」を考慮したものがあります。製品を、導入期、成長期、成熟期、衰退期に分類し、それぞれのフェーズにおいてのビジネス上の特質を整理したものです。「プロダクト・ライフサイクル」から見ると、それぞれの時期の経営上の特質は以下のようになります。

 製品の導入期には、開発に資金がかかるため、キャッシュフローはマイナス、顧客はごく少数の「革新的採用者」に限られ、基礎技術開発を重視して市場の拡大を図ることが経営戦略のポイントとなります。成長期になると、顧客が多くの「多数採用者」となり売上が加速、競争者が増加するため、経営的には技術改良を重視し、市場への浸透策を講じることになります。次に成熟期が訪れます。売上の伸びが鈍りますが、キャッシュフローは高水準を安定して維持します。経営戦略は、シェア維持のための差別化に重点が移ります。最後は衰退期です。ここでは、売上が大幅に減少し、キャッシュフローは低水準になります。顧客は主に「採用遅滞者」といわれる人々で、もはや大部分の顧客からは飽きられてしまします。経営上の戦略としては生産性の向上がもっぱらの焦点となります。収益面から見ると、導入期は通常赤字、成長期になって売上が増えてようやく黒字になり、成熟期になるとまた利益が減少するといったカーブを描きます。すなわち、利益は、成長期から成熟期にかけて出るため、このポイントをいかに早く、確実に実現していくかが、経営戦略の要となるわけです。

 製品つくりが、「モノ」作りから、「コト」作りに広がり、それと垂直な軸として、ライフサイクルとして広がり、製造企業としての経営環境やビジネスチャンスは従来と比較にならない広がりを見せてきました。そして、このライフサイクルは、技術革新における技術のコモディティー化が急速に進行しているために、従来に比べて非常に短くなってきました。従ってそこでの戦略は、顧客ニーズに基づいたライフスタイルを提案し、ライフサイクルの初期にできるだけ早く、投資を回収し利益を確保することになります。

 このような広がりのある経営環境を、できるだけ合理的かつ効率的にマネジメントしようというのが、プロダクト・ライフサイクル・マネジメント(PLM)という考え方です。そして、手段として最大限に情報技術を駆使することにより、このような経営戦略を戦術やオペレーションに落とし込み、その実現を図ります。
例えば、顧客のニーズ変化をPOSなどで的確に捉え、それを分析し、製品企画に迅速に反映し、的確なタイミングで生産移行し、保守サービスにおける顧客情報を活用することで、次の製品開発サイクルをタイミングよくまわしていく、というマネジメントがPLMにあたります。ツールとしては、CAD/CAMや製品データマネジメントシステム(PDM)、FAシステム、在庫管理、販売管理、顧客管理システムなどが総合的に活用されます。

 このような考え方は、大企業、中小企業を問わず有効です。現に、中堅・中小企業においても、情報技術を駆使したPLM的な経営をしているところを見ることができます。市場の動き、顧客の動き、製品の動きを性格にキャッチするためには、データベースなどの情報技術を抜きにしては考えられません。優良企業は、このようなデータをうまく活用し、経営戦略に組み込んでいます。「プロダクト・
ライフサイクル」という言葉は難しく感じられますが、重要なのは、新しい言葉に惑わされるのではなく、概念の斬新さを、意識するしないにかかわらず、的確に認識し行動していくことです。「ライフサイクルという視点」は、そういった意味で、企業経営にとって今後重要なポイントになるでしょう。


■執筆者プロフィール

 馬塲 孝夫(ばんば たかお)  (MBA経営学修士/ITコーディネータ)
  ティーベイション株式会社 代表取締役
  大阪大学 先端科学イノベーションセンタ 特任教授
  デプト株式会社 監査役
  E-mail: t-bamba@t-vation.com
 URL: http://www.t-vation.com
◆技術経営(MOT)、FAシステム、製造実行システム(MES)、生産情報システムが専門です。◆