京都の右京区に株式会社M社という中堅の企業があり、いろいろと経営面のお手伝いをさせていただいている。社員は約30名。業態を記述すると、ああ、あの会社か、ということになるので、具体的な社名と業務内容は省略させていただくが、年商は1,300百万円~1,500百万円くらいを上下している。現在の社長が創業して35年。一時、2,000百万円くらいの年商になりかかったが、なかなか、きちんとした成長軌道に乗れないで、業績の浮き沈みを繰り返している。
社長が、もうそこそこの年齢になり、ご子息の長男に、ぼちぼち政権移譲という段階に近づいている。おそらく、ここ数年のうちに、バトンタッチが行われると思う。現在、ご子息は専務取締役として、社内の、特に営業部門のトップを務められている。
社内の情報の共有化が必要との認識は以前からあり、何か事象が起こる都度、話題にはなるが、なかなか現場でのアクションには結びつかない。特に、営業をサポートするバックヤードの女性スタッフからは、具体的な提案も多く出されるが、その内容を検討する営業幹部の理解と認識が乏しく、言いっぱなし、聞きっぱなしになっている。
原因を遡って考えると、いくつか思い当たるポイントがある。
(1)創業者の現社長が、モーレツな営業マインドの持ち主で、精神論で組織を拡大し現在の会社の基礎を築いた。従って、自分の経験と知識がすべてになっている。
(2)その現社長に教育された中途採用生え抜きの営業幹部が現在の戦力の中心。パソコンをさわるより1軒でも多く訪問することが業績につながると信じている。
(3)ご子息の長男専務はITに興味があるものの、古参の幹部や父親の現社長のマインドを変えられないために、ITの活用を考えてはいるが、現状を打破するだけのパワーがない。
こういう企業風土の場合、すぐにIT化、IT化と唱えてもお題目に終わる。女子社員は比較的活用はできているものの、肝心の営業部隊の意識が低く、簡単な営業日報すら書いていない。営業の動きは、各自の営業車に搭載されている無線機からの連絡で、誰がどこに、いつ頃動いているのかが分かるという。
一度、社長のメールアドレスに込み入った案件の返信をしたら、すぐに携帯に電話があって、ひどくご立腹だった。曰く、あのような内容のことをメールで送るのは止めて欲しいと。すぐには意味が理解できなかったが、社長宛のメールはご自身が開かずに、総務のベテラン女子社員が受信して、プリントアウトして社長デスクの書類箱の中に置いておくという。横を通過する社員も、ちらちら見るという。
ことほど左様に、企業風土は一朝一夕では変えられない。当初、IT化も簡単にできるだろうとたかをくくっていたが、実態を知れば知るほどに、これは簡単にはいかないと実感している。
(1)まず、文字で書き表す習慣がない。この習慣がないと、暗黙知を形式知に変えるなどと言っても、何のことか、さっぱり通じない。
(2)次に、的確に日本語にすることは難しい。携帯電話なら、何時間でも話せる人が、いったんパソコンの画面に向かうと人間がフリーズしてしまう。時間もかかるし、内容が分からない。
(3)自分の手元の資料を他人と共有したり、逆に他人の手元にあるものを、自分が活用したりする習慣がない。自分最適の形式、内容になっている。
部分最適を通り越して、自分最適になっている。営業は社内に滞在している時間が少ないから、余計に自分最適になる。出先から会社の女子社員に依頼する場合も、データがどこにあるとか、ファイルをどうするとか、そういう指示はできない。判断は、サポートの女子社員がして、作業も操作も更新も行う。ますます、営業担当者は分からない。
営業各自に一人1台のパソコンもない。担当者に来たメールは女子社員が開いて処理する。ネットワークでつないでもいない。メインフレームの端末と、スタンドアローンのパソコンが混在している。社員のみなさんは、ほとんど他社をご存じないので、この状態が当たり前と思っている。これをIT化していくのは、時間もかかるし、エネルギーもかかる。
まず、この現状から考えて、きちんと事実を正確に記述できるように、日本語を正しく書くということから出発すべきだと思った。技術的に高度なシステムを導入しても、まず、それを受け入れる風土や土壌がないと難しい。トップから末端まで、そういう風土になって、始めてシステムが稼働し、意味のある結果が出せる。
もちろん、グループウエアや営業支援ソフトなどを入れたから、突然急に生産性が上がるものではないが、少なくともキックオフしないと何も始まらない。こういうものに予算をかけるということが、まず、役員会で承認されるかどうかも、問題だ。そもそもの、課題認識がずれていると、本質的な議論にならない。
中小企業が、なぜ中小企業で甘んじているかというと、実にこういう単純な理由も多い。日本全国に企業が300万社あって、一部上場企業が3000社ならば、確率は1000分の1になる。1000社に1社が、このトラウマを脱して成長して、IPOできるというのが実態だ。しかし、意外とそのハードルの高さは、こういう従来から引きずっている悪しき慣習や風土に原因がある。
IT成熟度ということばがあるが、まさにその最下位に該当する。まず、トップが事実を正しく認識し、謙虚に反省し、こうありたいというビジョンがイメージできないといけない。そして、トップが率先して正しい日本語を書く習慣を身につける。次に、それをITの力を借りて、ネットワークに乗せ、会社全体で共有する。大事な情報は、あまねく、このネットワークに乗せて共有する。もちろん、フェースtoフェースのコミュニケーションも大事だが、速攻の伝達にグループウエアや社内メールは欠かせない。
まず、第一段階は、このフェーズを超えることから始まる。ここを超えないと、次の山は見えてこない。このためには、相当なエネルギーが要ると思うが、会社の風土を変えるとは、それくらい大変なことなのだ。途中で、ギブアップしないように、しっかり気持ちを持って、確実に一歩一歩進むことが大事だ。逆転満塁ホームランなどありえない。
■執筆者プロフィール
成岡秀夫
中小企業診断士、高度情報処理技術者。株式会社成岡マネジメントオフィス代表取締役。京都府中小企業再生支援協議会サブマネジャー他公職多数。最近の主力は、企業再生、事業承継、経営革新。自称生まれる前からの阪神ファン。
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