以前,251号(2007年4月23日)で「クオ・バディス(何処へ)」という駄文を書かせて頂きました。その中では,システムは「開発する」時代から「運用する」時代へ,また「所有する」時代から「サービスを利用する」時代になるのではという話を書きました。
今回は,その背景にある「パラダイム」の変化について触れてみます。
■パラダイム
本来「パラダイム」とは,ある時代の人々の考え方を規定している「概念的枠組み」のことです。例えば,17世紀頃まで皆が信じていた「天動説」がパラダイムであり,それを覆した「地動説」は「パラダイム・シフト」でした。
■無謬神話の崩壊
私くらい長生きしている読者の方は「コンピュータで処理しているので間違いありません」というような台詞を聞かれた事があると思います。その頃は,コンピュータと言うものは間違いを犯さないものだというのがパラダイムでした。
今は,誰もそんな事は言わないと思います。コンピュータはプログラムで動きます。プログラムは人間が書きます。人間は間違いを犯します。コンピュータの無謬神話は完全に崩壊しました。
■世界はつながってる
インターネットの登場により,単体で動いていたコンピュータがネットワークにつながりました。PCの価格が下がり無料のブラウザが搭載され,それまで単体かせいぜいパソコン通信で動いていた計算機が,ネットワーク端末になりました。
本来,通信ネットワークとコンピュータは別物だったのですが,今では融合してしまいました。まだパーソナル・コンピュータという用語は生きていますが,もう「個人的な計算機」では今のパソコンを表すことはできません。
■日用品化・インフラ化
ユビキタスというかコモディティ化というか,社会インフラとなったコンピュータがそこらじゅうにあふれています。以前は,空調の効いたマシンルームの奥に鎮座していたコンピュータが,台所の電気ポットの中にも入っています。(実は電気ポットの制御は案外難しかったりします。)
コンピュータを構成する半導体が「産業の米」と言われ始めたのは1980年代頃かと思います。半導体の市場は寡占化が進み,いまでは日本の半導体産業は衰退してしまいましたが・・・
■クリクリッ
コンピュータへの入力はコマンドラインという時代から,アイコンをクリックする時代になりました。この事により,コマンドを覚えなくても誰でも比較的簡単に操作できるようになりました。
我が家には「クリ」という猫がいます。関係ありませんが・・・
実際はコンピュータの機能が増えるにつれて,アイコンによるGUIには限界が来ています。この事は,また機会があれば書きたいと思います。
■世界はオブジェクトであふれている?
システム開発においては,昔々は「手順」に注目しました。手作業で伝票を書いているような作業に注目して,手順(プロセス)としてシステム化しました。
POA(プロセス・オリエンテッド・アプローチ)と言います。その頃のエンジニアには,世界は手続きの集合体に見えたと思います。しかし,残念ながらビジネスの手順は日々変わります。
次に,手順は「データ」を扱っていること,従って,世の中には「データ」があふれていて,しかも手順ほど変わらないことに気付いた人が,現実世界を「データ」として捉えてシステム化することにしました。DOA(データ・オリエンテッド・アプローチ)と呼ばれます。
これらの考え方は,実世界をどのように捉えるか(手順の集まりなのか,データの集まりなのか)の観点によっています。これはひとつの「パラダイム」です。
今では,システム化の対象は「オブジェクト」とオブジェクト間の「メッセージ通信」として扱われます。オブジェクトは「物,物事」という意味ですので,確かに世界はオブジェクトであふれています。
関係ないですが,私の部屋は本であふれています。
余談ですが,ISOやISMSはPDCAに代表されるプロセスアプローチを中心としています。実際には,プロセスの観点だけで実務を維持・改善することは難しいと思います。プロセスを支えるオブジェクトとしての機能的な観点を導入しないと,負のスパイラルに陥りやすくなります。
■中途半端なまとめ
コンピュータはインフラ化して,しかも壊れるということが分かってきました。
今では,コンピュータやネットワークがダウンすると,ビジネスだけでなく日常生活においても多大な影響を受けます。某航空会社の発券システムのダウンや,首都圏の自動改札のダウンが記憶に新しいかと思います。
高価なブラックボックスで,キーボードに触るのもこわごわだったコンピュータは,操作が簡単になり日用品化して小学生が平気で扱うようになりました。
本来,日用品化してしまった物は,それだけでは競争力の源泉にはなりません。
2003年にハーバード・ビジネス・レビュー誌に発表されたニコラス・G・カーの論文「IT Doesn’t Matter」は,その点について論争を巻き起こしました。
また,コンピュータが対象とする実世界がオブジェクトの集合体として捉えられるようになりました。少し乱暴に言えば,このオブジェクト指向の結果が,ネットワーク上の各種のサービスを自分で組み合わせるAjaxやマッシュアップと呼ばれる開発を可能にしました。
オリジナルのシステムを構築するには,多額の投資が必要になります。自社の基幹業務となるコアの部分は,安定度を高め,壊れないようにする必要がありますが,顧客に対して直接的なメリットがあるわけでないのであれば,特に目新しい事をする必要はありません。安定度を高め壊れないようにするための投資は,場合によっては必要な機能を作る投資より多くなる可能性もあります。
作ろうとしているシステムが競争力の源泉になるのかを,もう一度考え直す必要があります。経営のやり方も「含み資産」から「キャッシュフロー」に変わりました。キャッシュフローを産まない「資産」は「負債」と考えられます。
ビジネスのバックヤードでは,それほど大きな違いがあるわけではありません。
標準的なものが安定的に利用できるのであれば,それで良いのではと思います。
普通に水道が使えるのであれば,自分で水源を所有する必要はありません。
松下幸之助氏の「水道哲学」ではありませんが,ITシステムも,水道代を使った分だけ払うようにして利用する時代が来るのではと思っています。
そうなった場合,今の日本のITエンジニアにかかる淘汰圧は,恐ろしいものがあるかと思いますが・・・
■執筆者プロフィール
上原 守 harvey.lovell@gmail.com
ITコーディネータ CISA CISM システムアナリスト
IT関連の資格だけは10種類くらい持っています。京都を中心に仕事をしたいと思いながら、毎週東京へ出張しています。上流から下流まで、ソリューションが提供できる人材を目指しています。