シンクライアントは、中堅・中小企業でも活用できる!?/杉村 麻記子

 みなさんは、「シンクライアント(ThinClient)」という言葉をお聞きになったことはありますか?
 シンクライアントとは、データもアプリケーションもサーバ側に集中管理させて、コンピュータ(クライアント)側には、最低限の機能しか持たせないシステムの総称です。
 調査会社のIDCは、先日「2008年国内IT市場10大予測」を発表し、その項目のひとつに【シンクライエントの導入が本格化】がありました。今回は普及期に入ったシンクライアントに注目して、その概要とメリット、中小企業における活用状況について紹介します。

1.シンクライアントの概要
 普通のパソコンにはハードディスクがあり、そこにはOS(Windows)やブラウザやマイクロソフトのオフィス等さまざまなソフトがインストールされていて使うことができます。実際に作成したファイルや顧客情報等もすべてパソコンの中に保存されています。
 一方、シンクライアント端末には、画面やキーボード、ネットワーク接続機能があるだけで、アプリケーションやデータはすべてネットワークで繋がったサーバ側にあります。中にはOSすら入っていないシンクライアント端末もあります。
 また、普通のパソコンでハードディスクや記憶装置へのアクセスを制限して、シンクライアント端末として使用するシステムもあります。
 シンクライアントの「シン」とは「Thin」すなわち「薄い」と言う意味で、クライアント端末が、最小限の機能しかもたなくてよいということを示しています。

2.特徴・メリット
 それでは何故、シンクライアントがここ数年で注目されるようになったのでしょうか? 大きな特徴として「セキュリティの強化」と「運用管理コスト(TCO)の削減」があげられます。

 (1)セキュリティの強化
 「個人情報保護法」、「J-SOX法」など情報セキュリティやコンプライアンスに関する意識が高まってきました。一方で、情報漏洩事故はなかなか後を絶ちません。
  シンクライアントはクライアント側にデータや情報が残らず、更に情報を持ち出せない形態となっています。たとえ端末が紛失・盗難に遭っても情報漏洩を防ぐことができます。
  またウイルスやスパイウェアなどの対策も、各端末側ではなくサーバ側で一元管理を行います。シンクライアント側にはソフトがないので、サーバ側での対策をきっちりとすれば良いのです。だから、パソコンを利用している人が、自分の端末で、ウイルス対策ソフトを入れ忘れたり最新のパターンに更新をし忘れたために、個人情報が漏洩した・・・といった事態を防ぐことができます。
  このようにセキュリティ強化に貢献するシンクライアントですが、徹底したセキュリティ対策のためには不正な持込PCによる漏洩や、インターネット経由、メール経由の漏洩にも対策が必要となります。

 (2)運用管理コスト(TCO)の削減
  PC1台にかかる年間費用の8割が管理費用といわれています。これはPC購入代金の4倍に相当するとのことです。企業システムの運用管理コストの削減は、IT経営を実践する企業の課題となっています。
  PCをお使いの皆さんであれば、購入時の設定やソフトウェアのインストール、WindowsなどOSのパッチあての作業、故障時のデータバックアップと復旧作業などわずらわしいことに時間を浪費したといった経験をお持ちではないでしょうか?シンクライアントはこのような作業はサーバー側で一括処理をすることが可能です。
  また個人情報や機密情報の漏洩を防止するためには、リースやレンタルをしたパソコンについて、返却時にハードディスクのデータを完全に消去する作業が必要です。シンクライアントであればこういった費用が不要となります。
  またパソコンの故障原因の多くがハードディスクにあることから、ハードディスクを持たないシンクライアントは故障率が低くなります。たとえ故障をしても、代わりの端末に置き換えるだけでOKです。このあたりのサポート費用も節約できます。
  このようにシンクライアントを利用すれば、パソコンの運用に関して、外部に委託している費用や、目に見えない時間の浪費(間接コスト)やそのための機会損失などを抑えることができます。但し、各現場側(クライアント側)での作業が削減できる分、サーバー側での管理については追加の作業やコストが発生するので、注意が必要です。

 (3)その他 環境問題
  その他に、TCO削減のもうひとつの視点として、消費電力の削減があげられます。シンクライアントの中でディスクやCPUすら持たないSunRay端末(サンマイクロシステムズ社)の試算によると、年間電気使用量や年間排熱量が7割以上削減できるそうです。
  シンクライアントは、節電と発熱を抑える効果からエコロジーで環境にやさしいシステムともいえます。

3.中堅・中小企業における活用
 さて、シンクライアントなんて一部の大企業が使っているしくみ・・・とお考えの方も多いかもしれません。ところが、中堅・中小企業でも昨年度あたりから導入が増え始めてきているようです。ガートナーの調査によると100~199人規模の企業における導入状況は、2006年が0.5%であったのに対して、2007年には6.1%となりました。この背景としては、大企業におけるセキュリティ事故の原因に、下請け企業や取引先企業など中小企業での管理の甘さが関わっていることが多くみられた結果、コンプライアンスやクライアント管理の徹底が大企業から要求されることが急増しているようです。
 もちろんシンクライアントシステムの普及に伴い、導入コストが下がり始めたということも中堅・中小企業で導入するきっかけになっています。

 このようにセキュリティの強化、管理コストの削減などは、中小企業においても大きな課題といえます。そのためのひとつの解決策としてシンクライアントは十分検討に値します。最近は、各メーカーから数台規模のスターターパックなども提供されていて、以前に比べて導入がしやすい状況にあります。もし企業内のPC買い替えを検討している方がいらっしゃるのであれば、一度シンクライアントに注目してみてはいかがでしょうか?
 シンクライアントシステムは、サーバ側での管理が重要となります。活用するためには、きちっとシステムの面倒を見るためのしくみと体制が必要です。また構築するシステムの実現方式には何種類かあって、それぞれ特徴メリット・デメリットがあります。また利用することが難しいアプリケーションなども存在する等、実際に導入をする場合は自社の環境や導入の目的にあった方式がどれになるか? 導入するメリットが本当にあるのか? などをITコーディネータや専門のシステムインテグレータに相談することをお勧めします。

追記:
 いま最も普及が進んでいるのはたくさんのPC端末を抱える「学校(小中高、大学)」や個人情報を取り扱う「自治体(市役所や県庁など)」です。関西にある有名国公立や私立大学ではほとんど何がしかのシンクライアントが導入されています。自治体では、和歌山県や東京都江東区など事例として公表されているところも少なくありません。
 案外皆さんの周りにシンクライアントを使っている人(お子さん?)がいるかもしれません。


■執筆者プロフィール

杉村 麻記子 m.sugimura@nifty.com
ITコーディネータ・中小企業診断士
伊藤忠テクノソリューションズ株式会社勤務