欲望という名の電車 ~ 「欲望」から「天国」へ ~/上原 守

■はじめに
皆さんは,インターネットで買い物をした経験はありますか?テレビショッピングで何か買われたことは?テレビショッピングが,衛星を利用した専門チャンネルで24時間放送するようになって,売上を伸ばしているようです。

私はこのメルマガに,過去二回にわたって「クオ・バディス」という駄文を書かせて頂きました。その中では「ITシステムは日用品化してしまった。所有することが価値を産むのではなく,価値を産んだ分(使った分)だけ支払うようになっていくのでは?」というお話をしました。SaaSの時代と,言っても良いかと思います。
ネットショッピングがIT技術の上に成り立っているのは分かりやすいですが,実はテレビショッピングの売上が好調なのも,IT技術が支えているようです。
このような話を書くと,「また,IT技術の話か」と思われる方が多いと思いますが・・・今回は「ネットにおける消費者の購買行動」についてです。
ネット上で情報提供をされている方,ネットショップを開いている方に,少しでも参考になれば幸いです。

■ネット上で買えない物
現在,楽天やAmazonをはじめとして,ネットショップは無数にあります。知合いによると,ネット上で買えない物は核兵器くらいだそうです。(核兵器も作り方は分かりそうです)
以前は,B2BでもB2Cでもネット上でショップを構築するためには,自力でシステム開発を行うか,高いお金を出してITベンダーに構築してもらっていました。私も,似たシステムを開発した事があります。
今では,わざわざ自社でショップを構築しなくても,ホスティング業者を上手く使って手軽に出店できるようになっています。楽天さんのような「モール」へ出店すれば,一定量の集客は見込めます。これらも一種のSaaSかも知れません。
これに深入りするとIT技術の話しになるので,ここでは,ネット上で何かを買う時の行動が,実店舗やテレビショッピングとどのように違うかについて,少し考えて見たいと思います。

■マズローの欲求段階説
これは,よく知られた理論です。
マズローによれば,人間の欲求は,低次から以下のようになっています。
 1.生理的欲求
 2.安全の欲求
 3.親和(所属愛)の欲求
 4.自我(自尊)の欲求
 5.自己実現の欲求
この理論によると,人間は低次の欲求が満たされると,より高い次元の欲求を求めるように行動します。
実際には,「生理的欲求」「安全の欲求」は,生存(サバイバル)のための基本的欲求であり,高次の「親和の欲求」からは,満足(サティスファイ)のための欲求だと思います。「生存」のためには,必要な要素が一定のレベルに達していればよい(必要なレベルに達していない場合は,無いのと同じ)のでしょうが,「満足」には「満足度」と使われるように段階があります。欲求というより「欲望」と言ったほうが良いかと思います。
ネット上で購買行動を起こす人は,少なくとも「生理的欲求」や「安全の欲求」は満たされていると考えて良いかと思います。

■AIDA(アイーダ)の法則
私は,この3K業界に入る前は,婦人服の店員をやっていました。
この法則は,店員修行時代に聞いた話で,消費者が商品を購入するまでに,どのような心理的な動きがあるかを表しています。
 1.Attention(注意)
 2.Interest (関心)
 3.Desire (欲求)
 4.Action (行動)
上記の4番目にMemory(記憶)を入れて,AIDMAの法則と言うこと(こちらの方が有名かも知れません)もあります。

非常にシンプルなモデルですが,消費者の「注意を引かない物は,存在しないのと同じ」「興味を持てないものは欲しくない」「欲しくない物は買わない」という行動心理を上手く表しています。このAIDAの各段階の間には,超えなければならないギャップがあります。
これを販売側から見ると,まずディスプレイ等で注意を引き付け,関心を持ってもらいます。この,消費者の注目を引き付ける要素を「アイ・キャッチャー」と言います。簡略化して言うと,顧客の「関心」から「欲求」→「行動」の各段階のギャップを,上手く乗り越えさせることが出来るのが,良い販売員です。

■実店舗以外の購買行動 ~テレビショッピング編~
テレビショッピングの大手,「ショップチャンネル」は,2007年の売上が1000億円を超えるそうです。
テレビ放送の「放送」は,元々「送りっ放し」の事なのですが,最近はIT技術を駆使してインタラクティブ性(双方向性,対話性)を持たせることが可能になりました。リアルタイムで受注状況を流して,残りの点数等を伝えていく事で購買意欲をかき立てているようです。私は,テレビショッピングを利用した事が無いので,よく分からないのですが・・・「だったら書くな」と言う声も聞こえますが,ここは我慢して,お付き合いください。

インタラクティブ型のテレビショッピングを見ていると,必ず限定数があってリアルタイムで受注数が増えて行きます。残数が少なくなると「ちょっと良いな」くらいの「関心」を持っていた人は「売り切れる前に」と思って購買行動を起こします。
「サクラ」という存在があることからも分かるように,他の人が買った場合は安心感を与えます。しかも一旦購買行動を起こすと,次には「欲求」から「行動」へのギャップが低くなります。したがって,次にちょっと気に入った商品が出ると,それも買ってしまいます。
余談ですが,この場合,最初に買った物よりも価格が多少低いほうが,行動を起こしやすくなります。マンションとか大きな買い物をした人は,続けてオプションのバスルーム乾燥機等の結構高額な物を買ってしまいます。スーパーのレジの側に,乾電池やガム等のちょっとした商品が置いてあります。これもこういった心理の動きを狙った販売方法です。

皆さんは,実店舗でプロの販売員が,通りすがりのお客さんに万能調理器なんかを販売しているのを見た事があるかもしれません。テレビショッピングを見ていて気付いた事は,これはその販売方法を大掛かりにしたものだと言うことです。
歩いているお客さんの注意を引いて足を止めさせ,そのちょっとした表情や動きを捉えて販売して行く技術は,言い換えれば「販売」という行為を,ショウアップしているように思います。
AIDAの法則に当てはめて考えると,この形の販売形態で一番大きなギャップは,通り過ぎる人やザッピングしている人に足を止めてもらい「注意」を引き付けることです。

■実店舗以外の購買行動 ~ネットショッピング編~
既に紙数を大幅にオーバーしていますが,翻って,インターネット上での購買行動を考えて見ます。実は,ここからが本題です(笑)
経済産業省の電子商取引実態調査(参考1)によると,日本のECにおけるB2C市場は2006年で4兆4千億円規模だそうです。人口がほぼ2倍の米国では19兆3千億円なので,国土の広さを割引いてもまだ延びる余地がありそうです。
情報交換という観点から考えると,放送やカタログの基本はPush型です。これに対して,インターネットの情報交換はPull型です。Push型と言っても,押し売りではありません。情報交換において能動的に行動するのが提供側だというような意味で捉えてください。インターネットでは,利用者が情報を「検索」します。
利用者自らが,能動的に情報を「引っ張って」くるのでPull型と言われます。

テレビの場合には,たまたま見た画面や流れてくる声から,注意を喚起されることもありますが,ネットショップを訪れる人は,ネットサーフィン(死語かも)をしているとしても,少なくとも何らかの形で「関心」を持って情報を入手しようとして行動しています。しかも,おそらくその人は,マズローのいう「親和の欲求」以上の欲求を持っています。

「販売」という観点からすれば,この事はものすごいアドバンテージです。
あとは「欲求」から「行動」へとリードすることを考えて,ホームページを作れば良さそうです。この事自体も実際には難しいとは思いますが,通りすがりの人の足を止めるよりは楽そうです。
ところが,そう簡単には行きません。ネットでは,会話をすることもできませんし,相手の表情も分かりません。ネットの先にいる人がお金持ちなのか,単なるクレーマーなのかは判断できません。これはネット販売を行うときに,避けて通れない「リスク」だと思います。

ではネットショップでは,訪問した人に実際にどのような物を提供すれば良いのかを考えます。
訪問した人が持っている物は,親和,自我(自尊),自己実現の欲求です。前述したように,これらの欲求は「満足」のための欲求です。言い換えれば,ネット上では商品を売るだけでなく「満足」を提供する必要があります。
「AIDA」にSatisfyを付けて「AIDAS」にしても良いかも知れません。

Web2.0の提唱者ティム・オライリー氏は,Web2.0の主要な要素として「リッチなユーザ体験(Rich User Experiences)」をあげています。
原文としては,AJAX等を駆使した直感的な操作を意味しているようですが,より広い意味で捉えられると思います。ホームページを訪れた人が「満足」するような「体験」の提供が必要です。ジェットコースターでは無いので,ホームページ上では体感的な体験はできません。何とかして,イマジネーションを喚起する必要があります。
具体的には,その商品の使い方の提案,あるいは使った時に得られる「満足」を想像してもらえるような仕掛が必要です。このためには,ショップを構成するページ全てで,一つの方向に向けてイマジネーションを喚起する必要があります。
従って,ショップで扱う商品構成が,百貨店やコンビニであってはいけません。
可能な限り「他には無い」商品にするべきだと思います。
百貨店のネットショップで買い物をする人は,ネットで買い物をしているのではなく,百貨店の支店で買い物をしているのです。

また「協力者としてのユーザ(User as contributor)」も,Web2.0の要素にあげられています。
統計は見当たりませんでしたが,ネットショップの場合,テレビショッピングに比べてリピーター率が高いようです。これは,ショップの商品が気に入ったか,ショップの経営者の方針に共感した「協力者としてのユーザ」の存在を思わせます。ユーザ(の情報)を大切にして,「ユーザと一緒に成長する」ネットショップとしての姿勢が必要だろうと思います。

■宣伝と広告
最後に,一般には「宣伝広告」と一緒に使われますが,「宣伝(CM)」と「広告(PR)」は違う物だと思っています。広告業界でどのように使われているかは知りませんが,具体的に言うと「Public Relations」は経営をサポートする物で,「Commercial Message」は営業をサポートする物だと思います。
紙数が尽きているのに余談ですが,「CM」は和製英語です。
商品を「売る」のは「宣伝」の役割ですが,商品や会社を知ってもらうのは「広告」の役割です。売る宣伝に特化した例が,楽天さんです。こういったモールでは,オリジナル商品か,他店より安いかが勝負の分かれ目だと思います。
ネットの良さの一つは,広く「知ってもらえる事」です。単に「宣伝」だけではなく,経営者の思いを伝える「広告」にも力を入れたショップが生き残って行くように思います。

参考1:経済産業省「電子商取引実態調査」
http://www.meti.go.jp/policy/it_policy/statistics/outlook/ie_outlook.htm


■執筆者プロフィール

上原 守 harvey.lovell@gmail.com
ITコーディネータ CISA CISM システムアナリスト
IT関連の資格だけは10種類くらい持っています。京都を中心に仕事をしたいと思いながら、毎週東京へ出張しています。上流から下流まで、ソリューションが提供できる人材を目指しています。