オープンイノベーションの進展/塲 孝夫

●仕事柄、企業の研究開発動向や、生産システム構築の動向を追いかけていますが、最近、「オープンイノベーション」という概念が、着実に産業界に定着しつつあることを感じます。今回は、この概念と、その実態について書くことにします。

●イノベーションという言葉は、よく知られているように、「変革」「革新」を意味する言葉で、人、もの、組織を新しいアイデアで刷新していくことを指します。日本では、「技術革新」と狭く捕らえられる傾向がありますが、本来はハイテクを用いた技術革新のみではなく、新しい発想による大きな社会的価値創造がなされた場合も含まれます。例えば、宅急便のビジネスモデルは従来の企業向け運送業という業態から個人向け市場の運送業という市場変更を伴う経営のパラダイムシフトをした結果、大きな社会的価値を創造しました。これは技術進歩が核となったものではなく、経営者のアイデアが核となった、すばらしいイノベーションです。

●従来のイノベーションは、企業独自の文化、技術蓄積から生まれてくるのが普通でした。この原因は、企業活動というのは、競争環境の中で生き残るためには、ライバルを蹴落とし、自社の優位性を確実なものにすることが必要であり、そのためには、自らの企業秘密を死守し、独力で新しい事業、新しい製品開発を実施するのが経営の常道であるという、いわゆる自前主義があったからです。

●しかし、新しい事業、新しい技術などの高度な独自性のあるものを自社単独で創造できるのか、もっと他の経営資源を有効利用してうまくイノベーションを創出できないか、そのあたりの動向を、特に企業の研究開発マネジメントの観点から整理したのが、ハーバード・ビジネススクールのヘンリー・チェスブロウ准教授です。彼は、従来の自前主義による経営戦略を「クローズドイノベーション」と呼び、新しいものを「オープンイノベーション」と名づけました。彼の著書「オープンイノベーション~ハーバード流イノベーション戦略のすべて~」(大前恵一朗訳、産業能率大学出版部、2004年)は、この分野におけるちょっとした古典的名著になりつつあります。

●では、「オープンイノベーション」とはいったい何でしょうか?チエスブロウ先生は、半導体メーカのインテル等を例にとり、外部の知識・知恵を企業のイノベーション創出に利用すること、としています。インテルは、御存知のとおり、パソコンの心臓部にあたるマイクロプロセッサの世界第一位のメーカですが、意外なことに、この会社は当初企業内研究所を持たずに、世界的なイノベーションを実現したのです。

●彼らは、他の会社(当時はAT&T、ゼロックスなど)の基礎研究成果を活用して、その製品化開発に注力しました。つまり、他人の褌で相撲をとったわけです。もちろん、単にアイデアを借用するだけなら、誰でもできますが、企業活動を先進的な研究開発ではなく、先進的な製品開発に集中し、品質問題、製造プロセス上の問題に全力を挙げて取り組んだのです。この戦略は、非常にうまくいき、短期間で世界的な事業拡大を実現しました。

●非常に単純化して言えば、オープンイノベーションとは、他社や他組織の経営資源(技術力、人材、組織力)をうまく活用し、全く新しい事業を、独力で行うよりは迅速かつ効率的に実施する経営戦略といえましょう。その形態には、最近、富に活発となってきたM&Aや、戦略的提携があります。このような戦略を実行するのは、一見、非常に容易だと思われますが、実は、企業経営として多くの変革を必要とします。

●まず、企業内機密情報に対する意識改革です。事業にかかわる重要な情報は、本当に社外に出せないのでしょうか。競合会社を利するだけなのでしょうか。また、自社の技術開発は、自社単独でやる必要があるのでしょうか? 特に優秀な技術者ほど、他社の技術に対して誇りを持っているため、他からの技術導入に対して反対しがちです。

●次に、他社経営資源との連携にあったって、どのような切り口でそれを行うのか、整理されているでしょうか。もう少し言葉を変えれば、戦略的提携に対して、社内・社外の連携のためのインターフェースがきっちりと設計されているでしょうか。また、それを実現するためには、社内の業務プロセスがかなり整理されていなければなりません。そのような社内体制になっているでしょうか。そして、そのマネジメント能力・人材が確保されているでしょうか。

●オープンイノベーションは、このように、「言うは易し、行うは難し」の類の経営戦略ですが、最近のように日本が世界的な経済の競争環境にさらされ、尚且つ高度な技術のコモディティー化(技術が日常製品のように誰でも使える環境)が進んでくると、大企業、中堅中小企業にかかわらず、不可避な戦略となってきていると思います。

●世の中を見てみると、オープンイノベーションへの動きが随所に見られます。
製薬業界では、これまでタブーであった、自社の研究開発テーマを公表し、社外から積極的な提案を求めています(塩野義製薬)。製造メーカ(旭硝子)でも、同様な動きをはじめ、多くの課題を公表しました。また、ご存知のように、ここ数年、大企業がベンチャー企業を吸収合併したり、戦略的提携に動いたり、と動きが活発です。また、政府の中小企業施策でも、「新連携」という企業コンソーシアムを支援し、成果を出しています。

●製造分野では、従来から言われているように、原材料、部品加工、製品組立、物流、販売、製品設計などの専門企業への分化が進展し、そのサプライチェーンを如何に革新的に、そして最適に組むかが、重要な課題となっています。これも、見方を変えれば、生産システムにおけるオープンイノベーションの進展だと思います。

●このように、オープンイノベーションという経営戦略が、世の中を変えつつあることを、経営者の皆様方に知っていただき、是非、今後大小の規模にかかわらず、それぞれのイノベーション創出に役立てていただきたいと思います。


■執筆者プロフィール

 馬塲 孝夫(ばんば たかお)  (MBA経営学修士/ITコーディネータ)
  ティーベイション株式会社 代表取締役
  大阪大学 先端科学イノベーションセンタ 特任教授
  株式会社遠藤照明 監査役
  E-mail: t-bamba@t-vation.com
  URL: http://www.t-vation.com

◆技術経営(MOT)、FAシステム、製造実行システム(MES)、生産情報システムが専門です。◆