逆境の時こそ情報戦略の活用を/馬塲 孝夫

  米国を震源地とした未曾有の金融危機が、わが国の実体経済にも暗雲をもたら
しています。企業経営者にとって、今年はよりいっそう厳しい年なると思われま
すが、このような時代には、従来の経営戦略の継続・維持だけでは生き残れませ
ん。環境の激変に適応し、将来を見通した思い切った戦略が必須です。今回は、
情報戦略を最大限活用し、日本のバブル崩壊時を乗り切った企業M社の事例を紹
介します。

●社長の感性
 M社は、1950年創業の老舗菓子メーカ(資本金1億3525万円)です。
現在のH社長は、文学部卒の文系人間でした。それが、1969年、出張先のア
メリカで有名百貨店のバックヤードの物流システムを見て仰天したといいます。
当時としては先進的なバーコードによる店内物流システムの実証試験をしていた
からです。商品が魔法のようにコンベヤに載って流れている様を目の当たりにし
て、IT技術の無限の可能性を確信したといいます。「経営にヒト、モノ、カネ
だけでなく、<情報>を加えなければならないことを痛感した。」(H社長)。
それ以降、彼は、如何にIT技術を事業に役立てるか、を考え続けることになり
ます。

●IT投資を決断
 1971年、当時経常利益8000万円という事業規模の企業にしては、50
00万円の高額なIT投資を、生産設備の投資を優先すべきとの社内の意見を押
し切って決断します。この時導入したオフコンが、M社の情報インフラの基礎と
なりました。次に手がけたのは、POS(販売時点情報管理システム)の構築で
す。これは、約6割を占める直営店で、「いつ、どこで、どんなお客様が、何の
目的で、何を購入したか」という情報を店頭で入力し、全国のデータを収集・分
析して商品企画や販売戦略の立案に活用するシステムです。特徴的なのは、この
POSが出来合いのものではなく、H社長が従来店頭で紙に書いて行っていた集
計方法を、IT化したオリジナルシステムであることです。真に役立つ情報を取
り扱うシステムを構築したいという考え方が徹底していました。

●仮説検証で精密な販売予測
 収集データの活用の仕方にも特徴があります。現場から収集したデータをもと
に、顧客の購買行動の仮説を立て、商品を並べ替えるなどして仮設を実行に移し、
最終的な売上や商品別構成比の変化など即座に新しいデータを収集し、予測値と
の誤差を計算して結果の「検証」を行うのです。このような「仮説検証」を繰り
返していくことにより知恵を生み出し、利益率の高い事業を推進してきました。

●自社が中心となってITシステムを構築する
 M社では、ITシステムの構築をベンダーに任せっぱなしにせず、自社が中心
となって構築しています。また、中小企業にとっては異例ですが、コンピュータ
導入当時より、社内にIT専門スタッフを配しています。その理由は、H社長の
独自の経営哲学にあります。H社長は「システムが十分に機能するには、まず現
場の人間が使いこなせなければならない。そのためには、現場により近い人間が
開発に携わることが理想的である。」と考えているからなのです。

●製造販売トータルプロセスの最適化
 1990年代のバブル崩壊による不況で消費が低迷している時期、M社はさら
に大胆な勝負に出ます。 特に1994年には、情報と生産の拠点として新工場
と新情報流通センターを34億円かけて設立しました。これは、当時、社内業務
を分析した結果、「製造と販売で売り上げた利益を、物流が食い尽くしているこ
とがわかった。」ためです。M社にとって、創業以来こだわっている「直販体制」
を維持運営していくためには、当時利益を失っていた物流部門の改革が不可欠で
あったのです。情報流通センターは、商品の在庫管理から出荷までを一括管理す
る最新鋭のシステムとしました。バーコードや自動化機器も用いて高い自動化率
を達成し、製品の入庫から保管、取り出し、日付管理までをすべてコンピュータ
で管理します。配送は無人搬送ロボットが製品を保管庫から自動的にピッキング
して店舗ごとに仕分けされて行われます。また、適正在庫管理により、在庫が少
なくなれば自動的に工場で生産量を決定し、品薄在庫を補充するようになってい
ます。この結果、一部の地域を除いて午後3時までに注文すれば翌日10時まで
に納品できる体制となり、また人員は、従来の75名からの7名で運用できるよ
うになりました。コンピュータ利用の効果は絶大で、棚卸しに関連する不明金は、
0.0001%以下(20万円以下)に激減し、返品率は、0.3%にまで低減
したのです。

●経営戦略
 このようにM社はIT活用に非常に積極的に取り組んでいます。ここ19年間
の情報化投資額は、84億円に達しています。設備投資額が約80億円なので、
これを上回る投資を積極的に実施していることになります。約4000億円とい
われる対象市場で、M社は特に高級品の分野で最大手の位置を占めています。経
営戦略の特長は、利益重視の戦略をとっていることです。前述の、物流システム
の改革は、その戦略の最たるもので、その結果、年商約182億円、8期連続増
収増益(2006年8月期)を誇っています。財務的にも無借金経営と優良であ
り、経常利益率は10%(2006年8月)となっています。

●成功要因はIT
 以上のようにM社は、バブル崩壊期の失われた10年を成長戦略で生き延びて
きました。これまで観てきたM社の成功要因は何でしょうか。それらは、経営者
のITコンピタンシーとリーダーシップ、長期的視野、自社によるIT企画、仮
説検証、直販体制へのこだわり、付加価値性の高い高級商品への特化などではな
いでしようか。特にITを経営の強力なツールとして位置づけ、オペレーション
分野で戦略的にITシステムを使いこなしたことが成長の源泉だと思います。
 この事例は、優れた経営者と、強力な情報戦略が合わさりシナジー効果を出す
と、危機をも乗り越えられるという好例だと思います。


■執筆者プロフィール

 馬塲 孝夫(ばんば たかお)  (MBA経営学修士/ITコーディネータ)
  ティーベイション株式会社 代表取締役 
  大阪大学 先端科学イノベーションセンタ 特任教授
  株式会社遠藤照明 監査役
  E-mail: t-bamba@t-vation.com
  URL: http://www.t-vation.com
 ◆技術経営(MOT)、FAシステム、製造実行システム(MES)、
 生産情報システムが専門です。◆


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