弊社は、シルク原料問屋を母体に株式会社化してから今期で60周年を迎える中小企業です。昨年来の世界同時金融危機以降、大きく消費が落込み川上から川下に至るまで需要が収縮する中、弊社のIT化についても今までと違う方向に進まなければならないと考えています。
従来のIT化は、業務の効率化や人件費の削減を中心に行ってきましたが、我々の企業規模においても戦略的なIT化が必要と思います。今後の市場や目指すべき業態を考えた時、自社の特徴及び強みや弱みを認識し、それをどのように経営に反映していくのかを明確にした戦略に基づく未来志向のIT投資が必要と考えます。
現在は、(1)事務の効率化も含めIT化できるものを洗い直すとともに、(2)新しいシステムを構築するにあたり各事業部の業務ベース部分の標準化を進め、(3)デザイン工学を活用した入力画面など、現場業務で使い易いシステム作りを目指しています。
しかし、我々のような流通業態では、大手メーカーのように多大な投資をすることが出来ません。従って、最も少ない投資で計画した効果を得られるものに絞り込んだ上で、段階的に開発を進めています。開発を始めるための各現場との打ち合わせや要件定義の作成には十分な検討を行い、満足の行く最終成果物を実現する工夫をしています。万一修正が必要な場合でも迅速に対応できるよう、設計段階でリスク回避策を優先的に考慮しています。
我社は、元々絹糸という相場商品を扱う流通業なので、通常の取引業務は勿論システム開発についても、リスクに対する考え方は特別のものがあります。限定された予想可能なリスクについては、リスクが有るとしても取引や投資を積極的に実行します。一方、予想出来ないリスクについては、踏み出さないか又はリスクを予想・確定出来る部分しか実行しません。
システム開発についても、初めから大きなシステムを開発することは開発段階でのリスクがあり、またシステムを導入した際の業務に支障を与えるリスクが考えられるため、必ず目標に向かって段階的に開発して行き、結果を確認した上で次の開発に着手するというスタンスを取っています。
逆に言うと業務に精通しているからこそ、それに伴うリスクの大きさが理解できるのです。開発手法もモジュール化し、現場からの要求変更・仕様変更にも即座に対応できる体制を取っています。これも、現場の業務に支障を与えることが会社に取っていかに大きな損失となるかを十分に理解していることによる対応なのです。
近年、自社システムの開発や外部から受託するソフト開発についても、オフショア開発によって非常に効率の高い成果を挙げています。これは、既に述べたように、業務に精通し且つリスクを最小限に抑える努力と開発を担当する中国側チームのアイデアを積極的に取込み活用してきたためと認識しています。
今後とも我社自身が、強みや得意とする業態、業務分野への戦略的なIT化を推進していくことにより、類似企業の外部環境変化や業態変化に対するリスクを軽減させることに大きく貢献するモデルを提供したいと思っています。
中小企業こそIT化による業務の効率化、在庫・納期・商品の仕様などに対する各種リスクの軽減が必要です。経営者が必要とするものは何かを見極め、経営者の理念をシステムに反映してこそ、現場を含めた運用者の満足が得られると考えています。長期的な視野から見て本当に価値のあるもの、長期間の使用に耐える基本システム部分を、どの様に構築していくかが重要です。中小企業にとっては費用対効果が極めて重要な判断要素であって、これが見えて来ないと経営者はITへの積極的な投資はできないのです。
■執筆者プロフィール
松村 康弘
松村株式会社 常務取締役
http://www.matsumura-kk.co.jp/
※中小企業IT経営力大賞2008 IT経営実践認定企業
http://www.itouentai.jp/case/case_matsumura.html