皆既日食と地域振興  ~奄美大島と屋久島の対応/杉村 麻記子

 皆さんもご承知の通り、7月22日に皆既日食が観測された。
 日本では46年ぶりの天文ショーに観測場所となる九州の離島地区(奄美大島・屋久島・トカラ列島)には、多くの人が訪れた。
 皆既日食という一大イベントを迎えるにあたって鹿児島の島々では不安と期待、当惑と歓迎が複雑に絡む中で様々な対応をとった。本稿では、「奄美大島」と「屋久島」この2つの島が取った対応と背景や思惑をふまえて、観光資源を活用した地域振興について考えたい。

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1.奄美大島 ~一大イベントにかけた島

・来島に向けたPR活動
 奄美大島では、皆既日食にむけて1年半前から皆既日食サイトを立ち上げて、観測ポイントや行政側の対策などの情報をブログなどを通じて提供して来島を推進する役割を果たしてきた。筆者が見る限り、ここのサイトで提供されている情報は、今回の皆既日食帯にあたる市町村のサイトの中では最も充実していた。

・イベント企画
 教育委員会や観光連盟、商工会議所、観光物産協会、新聞社、TV、ラジオ放送局など後援のもと奄美大島皆既日食音楽祭が皆既期間中に9日間にわたり開催し、数千人が来場した。様々な音楽ジャンルが集う音楽祭で、2006年から毎年7月カウントダウンパーティを開催するなど島外からの若者や外国人の観光客を取り込むことに成功した。その他にも奄美地域の文化や食にふれるイベントが皆既期間中に数々開催された。

・受入準備
 奄美市では今年度に1,000万円の予算をつけて、受入のためのテントサイトの準備、観測場所の整備を行い、皆既期間中には、トイレ情報などの公開、期間中の観光を促進するためのガイドブック配布など積極的な対応を取った。
 自治体と旅行会社、受け入れる地域の人々などが連携し、大きな混乱もなくスムーズに対応ができたようだ。

・結果
 およそ15,000人※が奄美大島に来島し、国内では最大規模となった。
(※奄美市発表。鹿児島県警による観測地集計では、奄美大島北東部で7千人超)
 島内の観光ポイントは、家族連れも含めた多くの観光客が訪れ、皆既日食を見ることができない島南部の地域でも多くのスポットが予約が難しい状況になっていた。また音楽祭を通じて新たな層を来島させることにも成功した。

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2.屋久島 ~閉ざした島

・来島制限と受益者負担金の徴収
 既に世界遺産としてブランド価値が高まっている屋久島にとっては、屋久杉の森などの環境資源を背景に皆既日食で多数の観光客が来島すると予想された。
 自治体は連絡協議会を設け、見学者受け入れを4,500人に制限を設けることにした。これ以上の観光客が来島した場合、「断水」や「し尿処理の対応」ができず、住民の生活や、島の自然を保護することが難しいという。
 屋久島への交通手段(鹿児島からの高速船)と宿泊施設の予約は、自治体が一元管理することとなった。但し航空機での来島については管理対象外となっている。更に、来島者には旅行代金とは別に、一人あたり3,700円の受益者負担金を徴収することになった。
 地元紙によると、3,700円のうち1,000円は、町の一般会計予算に繰り入れられる。これは、観測場所の仮設トイレ98基の設置費と人件費、し尿処理など対策予算を4,500人で割った額。残りの2,700円は、予約センター運営経費や電話番の業者の人件費、観光客が各有料施設で使える入場パスポート発行費用などに充てる予定とのことであった。

・招いた混乱と不公平感
 2月末より予約センターで電話と郵便での受付を開始した。十分な受付体制がないためか電話はつながらない状況で、申込は定員を大幅に超えた。
 一方で鹿児島と屋久島を結ぶ航空券は通常通り2ヶ月前(5月)に発売され、個人手配を目論む観光客からの予約が殺到した。(1日あたり400名超の輸送力あり)
 飛行機などを個人手配した場合は、受益者負担金の支払いがなく、予約センター経由で申し込んだ人との不公平が問題となっていた。さらに実質4,500名以上の人が入島できることとなり(5日間だと2,000名超プラスとなる)、入島者数に制限はできない状態となっていた。
 さらに予約センターでは、受付後にキャンセルが発生した場合の再販売については関与しないという方針であったため、鹿児島と屋久島を結ぶ高速船は、1週間前頃に、多数発生したキャンセル分の座席をそれぞれの会社が個別に再販売の対応を迫られていた。

・結果
 さて、屋久島にはいったいどのくらいの観光客が皆既日食期間中に入島したのだろうか? 自治体としての発表がみあたらないが、前述の鹿児島県警による観測地集計では「屋久島(屋久町)1,260人」となった。「奄美大島の7,000人」や「種子島(南種子町)4,900人」を大きく下回った。
 正確なことはわからないが、意外なことに屋久島に訪れた人は、多くなかったのではないか考えられる。(入島制限の結果?)

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3.観光資源と地域振興 ~ブランド発展のために

 それぞれの自治体の対応は、背景や思惑が異なることからも、ここでどちらが良かった、悪かったという結論を出すことは難しい。

 観光型地域振興の基本として、できるだけ立ち寄ってもらい、できるだけ多くのお金を落としてもらう。そしてできるだけ長くとどまってもらう方法を考えることがある。「世紀の皆既日食」という一大イベントをチャンスと捕らえて、観光客を誘致し、地域振興の手段として活用したのは奄美大島であった。
 私事であるが、筆者は多くの観測候補地の中から、奄美大島での観測を選択した。
 世界各地の日食イベントでも、地域住民と訪問者の職や音楽を通じたふれあいの場は、定番ともなっている。官民での取り組みだけではなく、島に住む方々が訪れる人たちを歓迎ムードで迎えていることが、実際に訪問をしてひしひしと伝わってきた。今後リピーターをどのように呼び込むか?といった課題は残るが、奄美ブランドのPRに貢献しただろう。奄美大島は世界自然遺産登録に向けて対応を進めており、そういった背景から観光型地域振興にかける思いが強かったのだろう。

 一方で、世界遺産としての地位を既に築いている屋久島では、観光による地域振興よりも、豊かな自然を守りながら永続的な観光を目指す段階に入っている。
多くの観光客が訪れることで自然破壊などの被害も発生している。そういったことが今回の入島制限に結びついたのだろう。
 自然と観光をいかに共存させるかについては、全体の方針やビジョンが大切だ。
これは日本のほかの自然遺産の地域でも同様である。ビジョンに基づいた中期的な対応により、屋久島というブランドを永続的に守り発展させていく必要がある。
 だが、付け焼刃な対応では問題が残ることになる。「形骸化してしまった入島制限と抽選に漏れてしまった観測希望者」「7割が一括予約業務に振り分けられた受益者負担金について負担をした観光客」は納得していたのかが懸念される。

 わが京都も文化遺産として多くの史跡が登録され、観光による地域振興では、日本でも先進的な取組みができている。
 平成22年までに取り組む観光振興策をまとめた「新京都市観光振興推進計画」の実施結果をふまえて、短期的な視点だけではなく、持続的な観光振興に向けての対策など中期の新たなビジョンを策定し、京都ブランドを発展させていく必要があるだろう。


■執筆者プロフィール

杉村麻記子(すぎむら まきこ)
伊藤忠テクノソリューションズ株式会社 勤務
ITコーディネータ、中小企業診断士