世界経済が不況にあえぐ中、米国ではオバマ政権が、日本では民主党鳩山政権が誕生し、これまでのやり方とは異なった政策の必要性を“CHANGE”という言葉に託し、政権運営を始めました。このような状況を見ていると、つくづく世界の政治的経済的環境は激変していることを感じざるをえません。20世紀型のシステムから、21世紀型のシステムへ考え方を変えていかないと、この難局を乗り切れない気がします。
この状況は、大企業であれ、中堅中小企業であれ環境変化に迅速に対応しなければならない点では、まったく同じです。では、中堅中小企業はどのような戦略をとっていけばよいのでしょうか。
2009年版の中小企業白書では、その活路を見出す先として、
(1)イノベーションによる市場の創造と開拓、
(2)人材の確保と育成、
の2点を取上げています。
さて、このイノベーションですが、このような言葉を聞くと、なにやらハイテク産業に関連したことであり、技術革新を連想させますが、本来の意味はそうではありません。中小企業白書では、イノベーションの重要性を指摘した、20世紀前半に活躍した経済学者のシュンペーターの考え方を、「好況期に既存の製品の生産活動に投入されていた労働者等の経営資源が、不況期に入ると生産活動が低下し、余剰となる。新たな製品の開発に取り組もうと考えている企業家(アントレプレナー)は、不況期に余剰となった経営資源を活用し、経営資源の「新結合」を行うことにより、新たな製品を開発し、イノベーションをもたらす。」と紹介しています。
つまり、簡単に言えばイノベーションとは、経営資源をうまく組合せ、これまでにはなかった創意工夫のもとに、これまでには無かった画期的な商品やサービスを創出することであるといえましょう。
イノベーションはこのように、大企業でなくとも身近な概念であることはお分かりになると思います。このように考えると、イノベーションによる新製品開発や新サービス開発は、日常的に取り組んでいるといわれるでしょう。確かに、新しいアイデアに基づく商品開発は、いたるところで行われているのですが、イノベーション商品(またはサービス)の最も難しいところは、その市場創造(いわゆるマーケティング)であることを指摘している人はあまりいません。新事業展開におけるマーケティング理論は多く確立されていますが、それらの多くは既存事業の改良版や拡張版を対象としたものが殆どです。
このような観点から、イノベーションを対象としたマーケティングに優れた考察をしているのが、米国のマーケティングコンサルタントのジェフリー・ムーア氏です。彼は、1991年に、「クロッシング・ザ・キャズム」という本を出し、今では「キャズム理論」と呼ばれる考え方を提唱しました。これは、簡単に言うと、今までに世の中に存在しなかったユニークな商品やサービスは、マーケティングにおいて、初期から成熟期までの各段階で戦略を適切に変えていかないと、うまくいかない、ということを指摘した理論です。
これは、「非常に革新的な新製品ができて、そこそこ売れたのに、事業の失敗につながってしまった」、との現象がよくみられますが、それを非常に合理的に分析した理論だと思います。そして、初期市場と、主流市場には、深い「溝(キャズム)」があり、それを乗り越えられるか否かが、新事業成功のキーとなるのです。
「キャズム理論」の詳細は、紙面の都合もあり、これ以上記すことはできませんが、興味のある方は、是非文末にあげた文献をご覧ください。イノベーションを活用する上での、数々のヒントが得られます。
従来の自動車産業が、ハイブリッド車は電気自動車へ移行すると、その裾野産業には、大きな変革の波が押し寄せてきます。また、エネルギー面では、太陽電池や、LED照明といった、省エネ関連製品が、従来製品とは別カテゴリーの市場を形成しつつあります。H&Mやユニクロといったビジネスモデルのイノベーションも活発に現れてきています。時代に取り残されず、生き残るためには、このようなイノベーションを活用した、攻めの経営戦略が必要ではないでしょうか。
知恵を絞った経営が、今後の雌雄を決すると思います。
参考文献:
1.中小企業白書(2009年度版) :中小企業庁
http://www.chusho.meti.go.jp/pamflet/hakusyo/index.html
2.「キャズム」 ジェフリー・ムーア著 川又政治訳 株式会社翔泳社 2002年
■執筆者プロフィール
馬塲 孝夫(ばんば たかお) (MBA経営学修士)
ティーベイション株式会社 代表取締役
大阪大学 産学連携推進本部 特任教授
株式会社遠藤照明 監査役
E-mail: t-bamba@t-vation.com
URL: http://www.t-vation.com
◆技術経営(MOT)、FAシステム、製造実行システム(MES)、生産情報システムが専門です。◆