日本製造業の行く末 -木村英紀著「ものつくり敗戦」から-/馬塲 孝夫

●日本の製造業が岐路に立っているといわれます。2008年9月のリーマンシ
ョックで、金融危機にもかかわらず日本の製造業が大打撃を受け、その輸出依存
構造の弱さを露にしました。また、最強のものつくり企業トヨタにおいても、品
質問題が露呈し、最高品質を提供するという、日本製造業の神話が崩れつつあり
ます。日本の製造業はどこに向かうのでしょうか。現在の競争優位性は維持でき
るのでしょうか。将来を考えるためには、その歴史を紐解き、その成り立ちを考
えることが大きなヒントになります。

●最近、興味深い著作に出会いました。木村英紀著「ものつくり敗戦」(日経プ
レミアムシリーズ 2009年)です。タイトルはショッキングですが、内容は
非常によく書かれており、ここでその内容を紹介したいと思います。

●この本の本質的なテーマは科学技術論です。日本の科学技術の成り立ちを考察
して、現状の問題点をあぶりだします。そもそも西洋において、自然界の真理を
追究する科学と、生きるための知恵を追求する技術とは、まったく関係のない別
のものでした。それが融合する時期が、西洋で工科大学ができた、19世紀初頭
なのです。それまでは、18世紀後半から産業革命が進展し、技術進歩がなされ
ていましたが、この時期の科学と技術の融合によって、飛躍的な進歩がなされた
のです。この時期を、著者は第二の科学革命と呼んでいます。第一の科学革命は、
ガリレオやニュートンらの近代科学が技術とは独立に展開した17世紀です。

●この科学と技術の融合による第二の科学革命によって、大量生産の技術が飛躍
的に進歩し、世界に豊かな物質文明をもたらしました。コンベアシステムを導入
してT型フォードの大量生産を実現したヘンリーフォードの業績も、この流れに
あるといいます。大量生産の必要性は、さらなる生産技術や品質管理技術を要求
し、この分野での進歩がなされました。そして、西欧では、第二の科学革命によ
って、「道具」の「機械」化が飛躍的に進んだといいます。著者はこの流れを「資
本集約型技術」と名づけています。

●一方、日本では、明治維新によって西欧の科学技術を導入したのですが、この
内容は、既に西洋で起こった第二の科学革命の盲目的導入でした。すなわち、本
来、科学と技術の成り立ちは全く別物であるとの認識が欠落したまま、科学と技
術は不可分であるという意識で導入してしまったといいます。この意識のもとで
日本の科学技術は飛躍的な進歩をしました。また、西欧の発展とは異なりこの進
歩は、日本独自の技術に対する観念のもとに行われたのです。それは、江戸時代
に起こった「勤勉革命」でした。日本の鎖国で資源、科学知識の乏しい反面豊富
で勤勉な労働力を持つ日本では、技術進歩が西欧のように「設備集約」ではなく、
職人の技に依存する「労働集約」によって担われ、それが明治維新後の科学技術
観の原型になったのです。

●この流れは、太平洋戦争に至るまで、日本の科学技術を支配します。優秀な機
械を支えるのは優秀な熟練技術者であったわけです。また機械の品質的ばらつき
があろうとも、それを熟練の操作技能でカバーするといったことも行われました。
しかし、世界、特に西欧では、この時期に、第3の科学革命が起こります。これ
は、これまでの機械を中心とした目に見えるものを対象とした科学から、システ
ム、情報、通信といった目に見えないものを対象とした科学に移行し、それを支
える基礎科学も同時に発展していったのです。

●著者の論点は、この世界の科学技術の流れに、日本が追いつかなかった(追い
つけなかった)ことに現状の本質的問題があるといいます。日本では、科学と技
術を一体と考え、科学は技術を生みだすことに目的化したものであるという考え
方のもと、技術が偏重され、かつ、日本の独自性を、「匠の技」に置いたこと、す
なわち、西欧では、「道具」から「機械」への流れが主流であるが、日本では、
「機械」の「道具」化という逆の流れを取り入れ、科学技術を発展させたことが
日本の特徴であるというのです。これは、まさに日本が人知による改善、改良を
重視する生産技術がお家芸であることに符合します。

●一方で、西欧では第三の科学革命によって、「機械」から「システム」へ重心
が移動しました。科学も、論理学やソフトウエア工学、通信理論、ネットワーク
理論などシステムに関する科学が発展したのです。しかし、日本では、現在にい
たるまで、従来の成功体験による科学技術神話から脱却することができなかった。
このような目に見えないものに対する科学技術は主導権をとることができず、相
変わらず第二の科学革命(「道具」から「機械」へ)を労働集約的技術で推進し
てきた結果、情報通信分野、システム分野で西欧に負けてしまったと。

●以上のように、「ものつくり敗戦」では、日本の科学技術の本質的問題を論破
しています。これは、日本製造業で唱えられてきた、日本製造業の強み「匠の技」
「技能」が、それだけでは競争力を失いつつあることを意味すると思います。日
本製造業の強さが「匠」「熟練技能」にありとする国策に対するアンチテーゼで
あり、非常に刺激的な内容です。しかし、この論点は正しいのではないでしょう
か。もちろん、日本の従来の強みは活かさねばなりませんが、それに加えて第三
の科学革命、すなわち「システム」というものを科学的に捉え、製造業で活用し
ていかねば、西欧のみならず中国、インド等の新興国とのグローバル競争に打ち
勝てないのではないでしょうか。そういう意味でも、製造業におけるシステム化、
情報化の推進は、規模の大小にかかわらず日本の製造企業経営者にとって喫緊の
課題だと思います。    


■執筆者プロフィール

 馬塲 孝夫(ばんば たかお)  (MBA経営学修士)
    ティーベイション株式会社 代表取締役 
    大阪大学 産学連携推進本部 特任教授
    株式会社遠藤照明 監査役
    E-mail: t-bamba@t-vation.com
    URL: http://www.t-vation.com
◆技術経営(MOT)、FAシステム、製造実行システム(MES)、生産情報
 システムが専門です。◆

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