世界最大EMS企業の創業者人物像/馬塲 孝夫

●パソコンや携帯電話などの電子機器業界は、日本のお家芸の摺合せ製品アーキテクチャからいち早く脱却し、部品メーカや組み立てメーカが水平統合されたモジュラー製品アーキテクチャの世界へ突入し、韓国、台湾、中国などの新興国が世界シェアの大半を占めるに至りました。

●その中核となっているのが、いわゆるEMS(Electronics Manufacturing Service:電子機器受託製造会社)です。これは、複数のクライアントの依頼により、電子部品を製造、組み立てし、クライアントに完成品を納入するメーカです。このEMSとして世界最大規模を誇るのが、台湾の鴻海精密工業(Hon Hai)、
そしてそれを傘下に持つFaxconnという会社です。この会社は、Sonyが欧州向け液晶TV工場などをHon-Haiに売却したり、中国のFaxconn工場で、工員の自殺者が多数出て、中国ワーカの賃金上昇の端緒を開いた企業として今年大変話題になりましたので、ご記憶されている方は多いと思います。

●世界的に電子機器の水平分業化が進んだ結果、Hon Hai、Faxconnの成長ぶりは半端ではありません。たとえば全従業員は92万人と巨大です。現在の拠点は中国深?市の龍華Longhuaにありますが、ここには30万人の従業員が働いており、工場というよりは一つの街の様相を呈しています。製造する製品も、iPod,iPhone, Nokiaの携帯電話、Wii, NitendoDS, PSPゲーム機、HP、DELL、東芝のノートPCなどと多様です。調査会社によると、Faxconnは現在、年40%の成長率を誇り、売上高は850億ドル。世界のノートPCの4%を支配しており、来年にはこれが11%になると予想されています。

●このようなEMSの創業者はどんな人物でしょうか。これまで、その社長がマスコミに殆ど登場せず、人物像は不明でした。しかし、ごく最近Bloomberg BusinessWeek誌がFaxconnの創業者Terry GOU氏のインタビューに成功し、その実像が明らかになりました。早速、その記事から、Gou氏の人物像を紹介しようと思います。

●Gou氏の創業は1974年。彼が24歳の時でした。母親から 7500ドルを借りて、台北市郊外の車庫で起業しました。母親から借りたお金でプラスチック成型機を買って、白黒テレビのチャンネルノブを製造販売したのが事業の始まりです。世界の電子機器供給工場であった台湾らしく、顧客は、米国企業のRCA、Zenithなどの大手企業だったといいます。顧客獲得としては初めから順風満帆のようですが、いかにしてこのような大手顧客を獲得できたのかについては、残念ながら記事は触れていません。

●さてGou氏は創業後、1980年に日本Atari社のジョイスティック用コネクタの商談を受けるという、次の転機を迎えます。注目すべき事として、Gou氏は、この事業を営む過程で単なる下請けに甘んじず、自社で開発した技術について特許化する努力を惜しまなかったことです。このような技術蓄積が、その後のFaxconnの技術力を培っていきました。

●その後、Gou氏は、11か月の米国巡回ツアーに出ます。米国32州の主だった企業を、レンタカーを使って社長自らアポなしで訪問して注文をとります。特にIBMでは、3日間通いつめ、漸く、コネクタの受注を実現したといいます。この時のトップセールス力は、目を見張るものがあります。しばらくして、1980年代、台湾の賃金が上昇し、台湾企業が、タイやマレーシアなどの低賃金国へ拠点を移す動きを見せ始めました。当時中国は低賃金の魅力はあったものの、製造インフラ不足、政府の不安定性などのリスクがあり、殆どの企業が進出を躊躇していたのですが、Gou氏はそのリスクもかえりみず、いち早く中国本土(深?)への進出を決断。そして1991年には、Hon Haiを台湾で上場。この資金をもとに、中国本土への更なる投資を積極的に開始しました。

●Gou氏の夢は、米国のヘンリーフォードが、米国民を養いうる企業を目指したように、深?で同様の役割を果たすことであるといいます。フォードのような大企業になって、中国の大規模な雇用創出を実現することが夢だったのでしょう。

●Guo氏のオリジナリティは、現在、主流になっているPCのモジュールアーキテクチャを確立した事のようです。1996年、Compaq向けPCシャーシ製造を提案した際、鋼板コイルから切断、板金、溶接、打ち抜きなどを全て自社で行い、上流から組立工程までを請け負いました。この時のシャーシは、簡単にフロピーやマザーボード、電源などを組みつけられるように設計したようです。これが、モジュール型PC組立製造の革命となり、この実績により1998年、DELLの製造受託成功につながりました。 

●Faxconnのビジネスモデルは何でしょうか。EMSは製造受託ですから、一見利益率は低いように考えられます。しかし、予想に反してFaxconnの利益率は高いようです。その秘密は、自社での部品内製化により製品を垂直統合していることにあるようです。稼ぎ頭は内製部品の利益。一方で付随する組立工程の利益ほとんどありません。それゆえ人件費の安い中国に組立工場をもっていかざるを得ない。
これが、Faxconnのビジネスモデルのようです。そして、利益獲得のため、安価な組立工に頼るのではなく、優秀な金型設計者などを積極的に雇用し、どこよりも迅速に製造できる生産技術を確立しています。そのためには、生産システムや、製造設備への投資も厭いません。こんな話がのっていました。iPhon4の製造ライン立ち上げの際、Apple設計者の指定するメタルフレーム製造のためには、通常
の成形機ではスペックが出ない。そのため、Guo氏は特殊な日本のFanuc製マシン(2万ドル/台)を1000台導入することを即断し、この商談をまとめたといいます。この機械は普通の会社では1台有るか無いかの高級機。電子機器業界にとってスピードが命なのです。Guo氏はそれを誰よりもよく知っている経営者なのでしょう。

●以上、これまでベールに包まれていたGou氏の経営者像の一端を垣間見ることができました。欧米の経営者と異なり、中国の経営者の実像はなかなか伝わってこないので、今回の記事は非常に興味深いものです。読んでみると、Guo氏は先見性、決断力と情熱の人であることが良くわかります。また、1日に16時間働き、食事は何時も自席の机でとるモーレツ人間でもあります。ゴルフにはめったに行かず、働きづめ。毎朝、“会社の5か年中期経営計画”を考えながら、腕立て伏せをやるのが日課。はやり、世界に名だたる企業を率いる経営者は只者ではありません。

参考記事“Inside FAXCONN” Bloomberg Businessweek, September 13,2010(英語)


■執筆者プロフィール

 馬塲 孝夫(ばんば たかお)  (MBA経営学修士)
ティーベイション株式会社 代表取締役
大阪大学 産学連携推進本部 特任教授
株式会社遠藤照明 監査役
E-mail: t-bamba@t-vation.com
URL: http://www.t-vation.com
◆技術経営(MOT)、FAシステム、製造実行システム(MES)、生産情報システムが専門です。◆