大切にしたい商売の秘訣 -信用を貯金するという教え/松山 考志

 あと10年たったら、ITの世界はどうなっているのでしょうか。IT業界は年々変化のスピードが加速し今年も劇的な変化が見られました。2010年は、Windows7搭載PC 、iPhone・androidを代表とするスマートフォン、電子書籍の市場が本格的に拡大し、広告業界においてはバーチャルリアリティやデジタルサイネージが世間の目に登場しました。IDCのチーフアナリスト(兼シニア・バイスプレジデント)のフランク・ジェンス氏によると、2011年のキーワードとして、新興国市場の拡大、クラウドコンピューティングの進展、モバイルデバイスとアプリケーションの普及、ネットワーク高速化を挙げています。2011年の全世界のIT業界は、世界市場は前年比5.7%増となり、ハードウェアは緩やかな成長であるのに対し、ソフトウェアとサービス分野は反発し大きな伸びになると予測しています。中国によって牽引される新興市場諸国は、先進諸国の2.6倍の成長率、全新規IT投資の50%以上を占めるとしています。
 その中で「1台35ドル(約3,000円)の超低価格PCの開発に成功」という10年後のITの世界を予感させるような記事を目にしました。このPCは、インドの人的資源開発省とインド工科大学(ITT)等とが共同開発したもので、世界中の子供たちに1人1台のコンピューターを実現しようという大きな試みがあります。
開発に成功したPCは、米グーグル社の無償OS「アンドロイド」を搭載したタブレット型PCで、昨年35ドルで発売を開始したということです。価格は徐々に20ドルに引き下げ、最終的には10ドルにして全世界で販売をするそうです(詳しくは、米ミューズ・アソシエイツ梅田社長の「ウェブ立志篇」を参照)。10年後のITの世界がまったく分からない、大変な時代に突入して来たと感じました。

 話は変わりますが、東京都武蔵野市のJR吉祥寺駅北口から2分ほど歩いてすぐに「ダイヤ街」という商店街がありますが、そこに早朝から40年以上行列がとぎれない和菓子屋があります。たった1坪のお店ですが年商は3億円です。しかも商品は「羊羹」と「もなか」の2品のみ。このお店の創業は1951年、1954年に今の場所にお店を構えました。行列ができ始めたのは69年頃からで、以来40年以上も行列がとぎれることがなく、今では町の風景に溶け込んでいます。羊羹は1日150本限定しか販売しておらず、その入手困難さから“幻の羊羹”と言われています。どうして150本なのかというと、品質を維持できる量で小豆を炊けるのは一度に三升、およそ50本分。小豆を炊いて練りの作業を完成させるまでに3時間半もの時間がかかるので、1日3回、150本分の羊羹を作るのが限界というのが理由です。このお店は、徹底して品質にこだわる一方、ここ十数年、価格は決して高くせずに維持していますが、この経営の方針は創業者である先代の「信用を貯金しろ」という考えに基づきます。先代の経営の考えは現在の2代目にも引き継
がれ、製品の品質に向けられ、自分の目の届く範囲で商品を作り、身の丈の商売をするという方針を60年変わらず続けられています。質のこだわりは、材料の小豆を扱う問屋を複数業者に相見積もりを取って決めるのではなく、信頼できる1つの業者と付き合い続けるという姿勢にも表れています。小豆がものすごく不作の年に価格が3倍に跳ね上がった時でも、商品を良いものを安く売りたいという考えから、心配した問屋が勧めた安い小豆を炊いて試したら使えないので、3倍の値段の小豆でその年は我慢して作り続けたということです。他店が原料を変え商品を値上げする中でも、まったく動じず味も価格を変えずに商売を続けた結果、その姿勢は周りから大きく評価されました。

 話はITに戻りますが、IT業界はプレーヤーも年々増加しているために生存競争が年々厳しくなっており、また絶え間ない技術革新に付いて行かなければ生き残ることも難しくなっています。先の和菓子屋ではないですが、老舗といわれる企業は、何十年、何百年と変わらない商売をしているというイメージがありますが、実は生き残るために進取の気性を大変重んじているということは意外と知られていません。伝統を重んじて変化を避けると思われがちな老舗企業は、時代に合わせて変化を続けなければ生き残れないことを既に身をもって体験しているからです。
 今年に入り、携帯電話の無料ゲームサイトをめぐるトラブルの報道を多く目にします。ゲームそのものは無料でも、ゲーム内で利用するアイテムが有料で、知らずに携帯電話を貸し与えた親が高額な請求をされるケースが後を絶ちません。
根底には利益重視主義の経営方針で急成長をしたための歪という言い方もありますが、消費者からするとそんな甘い言葉ではすまされないはずです。市場の生存競争が激しいために目先の利益や会社の成長、効率性等の自社の都合のみを重視していては、いずれは消費者が付いて来なくなるでしょう。今だからこそ、商売の原点に立ち戻り「信用を貯金する」という考えを大切にしたいと思います。

(参考文献)
・月刊「商業界」11年1月号
・40年以上行列がとぎれない吉祥寺「小ざさ」の物語 稲垣 篤子 ダイヤモンド社
・百年続く企業の条件 老舗は変化を恐れない 帝国データバンク 朝日新書


■執筆者プロフィール

松山 考志
宅地建物取引主任者