福島第一原子力発電所事故にみる産・政・官・学の社会的責任/柏原 秀明

■はじめに
 2011年3月11日に発生した東日本大震災は、マグニチュード9と前例を見ない
巨大地震であった。
 その巨大地震は、巨大津波を発生させ多くの尊い人命を奪った。併せて、その
影響により福島第一原子力発電所の3機の原子炉は水素爆発をおこし大量の放射
能を放出し、チェルノブイリと同じ“レベル7”の大事故となった。この大事故
により福島県を中心にその地域の住民の方々などや環境(山や海など)に甚大な
放射能被害を及ぼし続けている。ここでは、原子力発電所は“絶対に安全である”
と言われていたにもかかわらず発生した福島第一原子力発電所の事故の産・政・
官・学の社会的責任について考える。

■四大公害病の教訓は活かされたか
 日本においては、1950年代から1970年代の高度成長期に四大公害病が発生した。
水俣病(熊本県水俣湾で発生した有機水銀による水質汚染が原因で、魚貝類を発
端とする食物連鎖で有機水銀中毒の発生)、第二水俣病(新潟県阿賀野川流域で
の魚貝類を発端とする有機水銀中毒の発生)、四日市ぜんそく病(三重県四日市
市で発生した亜硫酸ガスによる大気汚染による子供たちを中心としたぜんそくの
発生)、そして、カドミウム中毒病(富山県神通川流域で発生したカドミウムに
よる水質汚染から稲などの食物を通じてのカドミウム被害)である。
 例えば、水俣病は、チッソ株式会社水俣工場が有機水銀を含んだ工場の廃液を
海に排出し汚染したことが原因であった。時の政府、医学を含む学会およびチッ
ソの関係者は、住民たちが異変を訴え水俣工場が原因ではないかと迫った際、そ
のような証拠は見あたらないと原因究明を突っぱね責任を回避し続けた。その間、
どんどんと時間が経過し、気づいた時には、既に遅く、多数の有機水銀中毒患者
を生み出し長期間苦しみながら今日に至っている。  
 一方、これらの四大公害病に対して勇気ある活動を展開した人たちがいた。例
えば、宇井純(東京大学助手・沖縄大学教授、著書:“公害の政治学 水俣病を
追って”、三省堂新書など)、田尻宗昭(公害Gメン、四日市海上保安部警備救
難課長、東京都公害局規制部長)、有吉佐和子(作家、著書:“複合汚染”新潮
社など)といった人達である。彼らは、“事実を的確に観察・分析し、地域住民
に甚大な被害を与え続ける公害の原因を究明し解決なければならない”と強く訴
え、多くの抵抗を受けながら人生をかけて活動を展開してきた。誠に賞賛すべき
ことである。
 さて、福島第一原子力発電所事故の関係者(日本政府、経済産業省、原子力安
全・保安院、原子力委員会、東京電力など)は、既に40年以前に多発した大規模
汚染が、一度発生すれば如何に多くの地域の人たち(子供、大人、高齢者など)
や環境に“取り返しのつかない甚大な被害”を数十年に渡って与え続けるかとい
う深い事実認識・理解・予見があったのだろうか。結果としてその教訓は全く活
かされていないと言わざるをえない。

■想定外の地震・津波による事故との言い訳
 1957年8月に茨城県東海村に日本初の原子力炉が稼動開始して以来、産・政・
官・学の関係者は、“原子力安全神話”を語り続けてきた。しかし、今回の事故
後、東京電力の責任者は、巨大地震・巨大津波は、想定外(設計基準外)であっ
たとの言い訳に終始した。このような大規模プラントで一度事故が発生すれば、
膨大な放射能を放出する甚大な取り返しのつかない被害が発生することは、チェ
ルノブイリ事故やスリーマイル事故で十分把握・理解していたはずである。何故、
それを受けて日本の環境(巨大地震・巨大津波)に応じた対策を未然に実施でき
なかったのか全く理解に苦しむ。
 今回の場合、巨大津波により地下に設置されていた非常用発電機が海水に浸か
り故障し、電気設備、ポンプ、海側のむき出し燃料タンクなど多数の設備が損傷
したのは、危機に対する安全設計の甚大な初歩的過失と考えざるを得ない。この
ことが、“想定外の事故との言い訳”に繋がるとは到底考えられない。これが原
因となり炉心溶融を引き起こし、水素爆発を起こすことになったのである。

■門外漢の報道官と情報隠蔽
 この甚大な福島第一原子力発電所の事故の初動の報道では、“事故は、甚大に
は至っていない。安心あれ!”との報道に終始していた。その報道官とは、官房
長官であり原子力安全・保安院広報担当である。両者はいずれも、原子力やプラ
ント建設技術などに裏打ちされた事故の報道をするには全くの門外漢であろう。
何故、報道を行う際、複数の技術に詳しく経験のある中立的な専門家を同席させ
て質問に的確・正確に回答させなかったのか理解に苦しむ。併せて、東京電力の
事故説明も曖昧模糊とした説明に終始し全く要領を得なかった。後日になって、
その説明時点で炉心溶融が既に始まっていたことが判明した。このような事実報
道が迅速にされなかったのは、まさに情報隠蔽と言わざるを得ない。
 一体、誰のための報道なのか、国民・消費者が本当に知りたい、時々刻々と変
化する膨大な放射能の放出・拡散による危険性や被害を的確・迅速に報道すべき
であった。現在においても同様である。もし、真実や可能性を報道すれば国民・
消費者は混乱・パニックに陥ると考えたのであればそれは誤りである。今回の報
道を見る限り、組織の自己保身のための報道と取られても仕方がない。

■おわりに
 長期に渡る自由民主党政権下で、1960年代から高度経済成長と同期し我が国の
エネルギーの安定的な確保・供給のため原子力産業の推進が行われてきた。福島
第一原子力発電所は、その最初に営業運転された原子力発電所である。最初に建
設された大規模プラントには、必ずと言って良いほど不備な部分が内包されてい
る。その不備な部分を多様な視点で継続して見直し、迅速に事故発生の未然防止
につとめなければならない。そのためには、産・政・官・学の癒着構造から脱却
しなければ、同様の事故が発生する可能性が十分にある。産・政・官・学の社会
的責任は極めて重大である。一度信用を失えば、その信用を取り戻すのは至難の
業である。今後も原子力発電所を継続して運転するかどうかは、国民・消費者の
意見を最優先に尊重し判断されなければならない。

・参考資料
 朝日新聞:“産・政・官・学・・・広大な「村」”、2011年5月25日 朝刊
 


■執筆者プロフィール

柏原秀明
柏原コンサルティングオフィス代表、
ITコーディネータ京都理事
ITコーディネータ、博士(工学)、技術士(情報工学・総合技術監理部門)、
EMF国際エンジニア、APECエンジニア

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