中国における日系中小製造業の情報システム ~課題と解決のための留意点~ / 坂口 幸雄

1.はじめに
 2008年のリーマンショック以降、日本の市場の縮小傾向は明確となり、日本の製造業は海外進出しないと、もはや成長できない状況になっている。最近の急激な円高により製造業の空洞化が一層進展している。そのような厳しい経営環境の中、今まで海外移転を夢にも考えてなかった中小企業までが海外進出を余儀なくされてきている。
 海外に進出した場合、すぐに直面する課題の一つが“情報システム構築の壁”である。現地法人の経営者は“情報”を有効に活用して、業務の標準化・効率化とコスト削減を図りたいのだが、様々な要因でそれが出来てないのが実情である。
 私はITベンダーで、1990年頃より中国や東南アジアに進出する日系製造業の情報システム構築の支援を長年担当してきた。また2007年からは海外職業訓練協会OVTAで国際アドバイザーとして、キャリアコンサルティングの仕事に携わってきた。本稿では「中国における日系中小製造業の情報システム」について分析を試みる。

2.現地法人の役割の変化と情報システムの進歩
 私の経験では、2000年までの製造業の現地法人の役割はとてもシンプルで、日本の親会社からの指示通りに品質・コスト・納期を厳守して生産することであった。しかし現在は仕組みが高度で複雑になってきている。中国国内市場での調達や販売により、売上・利益を大きく拡大することが求められてきている。
 そのため生産形態にも影響が生じてくる。2000年までは“来料加工”(日本から部品を輸入、製品は日本に再輸出、現地法人に加工費を支払う)が中心であったが、現在では“進料加工”(原料を現地法人に売渡し、製品を有償で買戻す)に進化しており、更に、より付加価値の高い生産形態に発展している。
 ここで課題となるのは「来料加工(生産委託)⇒進料加工⇒新しい生産形態」と“短期間”にビジネスモデルが変化することである。通常日本人は2名程度しかいなく超多忙である。現地法人の組織、業務フローがタイムリーに追従できていない。中国は日本の10倍のビジネススピードである。しかも市場は現地法人の対応の遅れを一刻も待ってくれない。
 当然、情報システムへの影響がある。2000年までは製造拠点としての位置付けのため、財務会計と生産管理の2つのシステムさえ導入すればそれで事足りていた。ところが現在では“グローバルでかつSCM的”な発想が必要になっている。
 中国には終身雇用制度はなく社員は約3年で転職して入替わる。このように人材の流動性が高いため、人に依存しない業務の仕組みが必要となる。ドキュメントを中心にした可視化経営が求められ、内部統制を考慮した業務フロー作成が必須である。
 2000年以前、現地法人は日本のオフコンや汎用機のシステムを持ち込んでいた。
オープンシステムはまだ中国では普及しておらず、日本と比較してIT後進国であった。それが今では中国には日本をしのぐ最先端のITが普及している。その驚異的な進歩に驚かされる。

3.課題解決のための留意点
・一つ目は、まず最初に“儲かる仕組み”である戦略の作成
 “独創的なビジネスモデル”を考えないと成功はおぼつかない。さもなくば、ジリ貧である。人脈・コネ社会の中国では、日本人だけで戦略を考えても土台無理である。これからは“中国資本や現地の業界人材を巻き込んだ”連携が必要となる。時間はかかるが、そのための人脈つくりが大切である。ここは“知恵の出し所”である。
・二つ目は、情報システム構築のためのプロジェクト体制の編成
 推進体制を整え、責任者を明確にして、プロジェクト計画をグローバル・スタンダードな手法(BSCやPMBOK等)に基づいて作成すべきである。私の経験では中国人スタッフには米国流の手法は一般的に好評である。最悪の場合を考慮した前提条件や制約条件を明記しておき、想定外のリスクも洗い出しておく。
失敗したときの代替案も用意しておく。しかし人的・資金的制約のために、頭ではその必要性はわかっていても、具体的な対応が出来ないままになってしまっている。
・三つ目は、内部統制・情報セキュリティへのガバナンス対策
 中国では日本とは異なる法規制や制度がある。日本本社では現地法人におけるコンプライアンスや内部統制も重視しつつある。そこで内部統制・情報セキュリティをどうするか、日本の監査部や情報セキュリティ部門と相談して、システム導入の初期段階から非機能要件の中に仕組みを組み込んでおくことが必要である。
・四つ目は、異文化コミュニケーションの理解
 やはり言葉は大切である。ビジネスにおいては筆談やボディランゲージではどうしようもない。中国語が出来ないと、中国人スタッフと本音の意思疎通がうまくいかない。中国市場でビジネスをするためには、中国人の価値観を理解して、中国人スタッフと日本人スタッフがいかに効果的に協業できるかがポイントである。そのためには中国人の好みや深層心理も理解できるとよい。

 ベテラン商社マンから次のことを教わったことがある。「中国で腰を落ち着けてビジネスをする場合は、明治時代以降の日本と中国の歴史的な関係の理解が必要である。日清戦争、満州事変、南京事件、中華人民共和国成立、文化大革命、日中国交正常化・・・」。日本と中国の間には様々な出来事が起きている。

 最後に、日本が経済大国となったのは戦後である。とりわけ高度経済成長の時期は、“日本の奇跡”と言われている。それを可能にしたのは、日本の「ものづくり」だった。その「ものづくり」を下支えたのは“日本の中小製造業”であった。日本の中小製造業が海外で元気になればよいと 思う。


■執筆者プロフィール

坂口 幸雄
ITベンダ(東南アジア・中国での日系企業の情報システム構築ビジネス、会計プロジェクト)、JAIMS日米経営科学研究所(米国ハワイ州)、外資系企業、海外職業訓練協会等を経て、グローバル人材育成センターのアドバイザー、ITC京都の会員
資格:ITC、PMP、CISA、日本経営品質賞セルフアセッサー
趣味:犬の散歩、テレサテンの歌を聴くこと、海外旅行
   お寺回り(四国八十八カ所遍路の旅および西国三十三カ所観音霊場巡り)
メールアドレス:sakaguchi@g-jic.com