今年の5月21日には、日本で25年ぶり、京都では282年ぶりの金環日食があり、好転に恵まれた京都ではご覧になった方も多いでしょう。
だんだんと薄れていく太陽の光、木漏れ日に移るかけた太陽の影、そして真ん丸のリングのようになった姿は感動的でした。
本稿では次は、世紀の金環食という天文ショーと関連商品・サービスの販売についてマーケティングの視点で考察したいと思います。
金環食の経済効果は関西大学の試算によると164億円。おもな効果は以下の通りです。
・観測グッズの販売
ー日食グラス
ー天体望遠鏡
-一眼レフカメラ
-NDフィルター
-シミュレーションソフト
-スマートフォン用アプリケーション
-関連書籍
・観測ツアーなど
-プラネタリウムや関連の講演会
-中心帯への日帰り、一泊ツアー
-クルージングツアー
-飛行機からの観測ツアー 等
ちょうど3年前の7月22日には、鹿児島のトカラ列島や奄美地域で皆既日食が、本州でも部分日食が観測されました。その当時も日食グラスなどのグッズは売り切れが続出していました。今回はいわゆる天文グッズ光学系の本業メーカーだけではなく、様々な会社が日食グラスの製造販売をしていたようでした。
ここに登場する売り手は主に2つのタイプがあります。天体望遠鏡や撮影グッズを生産販売する専業メーカーととにかくブームに乗って日食グラスを販売したい便乗参入組です。それぞれの立場によってアプローチは異なります。
1.専業メーカーの場合
これらの会社の場合、世紀の天文ショーをきっかけに初心者やライト層を取り込んで新たな市場を開拓したいと目論みます。
日食グラスやフィルターという「モノ売り」ではなく、金環食という天体ショーをみて感動を記憶と記録に残すことを提供したいと考えています。
わずか数分のために何万円もする天体望遠鏡やミラーレスカメラを買うとなるとためらう人も多いかもしれません。ただ今年は少し事情が違って、6月6日の金星の日面通過や8月の金星食や木星・土星の接近といった「天文ショー」の当たり年です。望遠鏡を使えば太陽の観測だけではなく、月や惑星といった身近な天体を楽める。。。これは星がほとんど見えない都会でも楽しめる天体観測でありこれまで望遠鏡に興味がなかった人たちにとって魅力のある内容となるのです。
これを機に専業メーカーのマーケティング手法としては、
「ライトな初心者」をターゲットに
「天文ショー」を「自宅で気軽」に「望遠鏡で楽しむ」
といった新たな価値・感動の体験を得るために、その手段として商品を買ってもらい、その楽しみ方を具体的に示しています。ここでは、「需要創造型」、「価値創造型」のマーケティング戦略が繰り広げられています。
こういったアプローチが功を奏して、大手メーカV社の場合、3~4割増しの売れ行きが見込まれ、新型機種の投入も計画されているようです。千載一遇のチャンスを生かし新たな需要を創造することに成功した事例です。
専業メーカだけではなく、旅行会社においても「価値創造型」のアプローチが展開されています。今回の金環日食のツアーだけではなく、今年の11月にオーストラリアのケアンズで観測される皆既日食ツアーが発売されています。
各旅行社がかなり強気の価格設定で販売しているにもかかわらず、多くのツアーがすでに満員御礼になっているようです。筆者の試算だと格安航空券+近場のホテルをインターネットで予約すれば(5月中旬でも空きあり)20万円まで十分渡航が可能です。一方ツアーのおもな価格帯は30万円~40万円なので、ニーズが高いことがわかります。ここにも利用者に価値感動を与えるためのシナリオが用意されています。たとえば、
・皆既日食の継続時間や過去の現地の晴天率や視界などからベストのロケーションを提案。某旅行会社は晴天率の高い場所を選定するために、先住民たちが古来から儀式に使っていた場所の近くを確保したようです。
(儀式は太陽がなければ始められない!? そんな古来から晴天率の高い場所で観測できる。)
・撮影をベストの状態で行えるための条件を準備。(追尾撮影には欠かせない赤道儀セットアップが前夜に可能。撮影場所はツアーの参加者以外は立ち入り禁止で機材の管理が容易など)
この旅行会社のツアーはすでに満員御礼、キャンセル待ちということです。
2.便乗組の場合
ネット通販はもちろん、2009年にはほとんど見かけなかったスーパーやコンビニにまでに日食グラスは並びました。金環食の前日に当たる5月20日には日食グラス難民というキーワードが、ネット上で流れるまでに至りました。メガネは1200円前後とちょっと高価な買い物になり、躊躇した消費者もいたようですが、子供にせがまれて買ったお父さんお母さんも多かったのではないでしょうか?
日食グラスという特異な商品の場合、金環食が終わったあとでは、販売を全く期待できないということに陥ります。いわゆる12/25のクリスマスケーキ以上に売れない死に筋商品となります。つまり一過性のイベント対応型のマーケティングを踏まえた動きが求められます。
マーケティングといっても、
「1つあたりいくらで仕入れていくらで売るか?」
「いったい何個仕入れができて、金環食の日までに何個売れるか?」
「在庫が残ったら、いつ、どのタイミングで値引きをするか?」
という従来型の科学的ではないアプローチとなります。量販店やスーパー等では、日食グラス単品で儲けを見込みだけではなく、チラシ等で「日食グラス販売」をPRして来店を促し、関連製品をうるクロスセリングといった目的があったでしょう。
2008年の皆既日食(部分食)の時の実績がで今回の需要予測をできたお店もあるかもしれません。しかし、多くのお店ではKKD(経験・勘・度胸)で仕入れをして、価格設定をしていたのでしょう。早々に売り切れたお店もあれば、当日でも売れ残ってしまったお店もあります。
このような事例はなにも今回に限ったことではなく、実は70年前の皆既日食のときにもあったようです。
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日食が観測できた都内の様子から。「昼過ぎの帝都はどこへ行っても色ガラス片手の天文ファンで大にぎわい」「観測用メガネを1個20銭で売る人も。4年前の北海道の日食の時の売れ残りをストックしてこの日を待った」=1941(昭和16)年9月22日、東京日日新聞朝刊 より
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この金環食でも予測を誤って多めに仕入れ在庫を抱えたお店にとっての救いは、6/6の金星の太陽面通過という天体ショーが続くことにありました。金環食の時にはメガネを手にすることが出来なかった人、見れなかった人もいて、5/21の日食後もグラス等はネットで売れていたようです。前述の経済効果試算によれば、日食グラスだけで7.6億円の需要があるようです。
この最後のイベントが過ぎた後、日食グラスを5セット1000円で販売しているお店もあるようですが、果たして需要はあるのでしょうか??
このように金環食という世紀の天体ショーをめぐって、「需要創造型マーケティング」と「一過性のマーケティング」という相反する手法が、日本国内で繰り広げられていました。イベントに対応した「一過性のマーケティング」は明治時代においても存在し、商売の嗅覚に優れた商人はうまく儲けを出していたのでしょう。一方で「需要創造型マーケティング」は、平成になる前頃に提唱された手法です。いずれの手法でも成否を分けたポイントはどこにあったのでしょうか?
さて、日食メガネ買ったけど、もう使うあてはないという方へ。。。
2017年8月21日にアメリカ大陸を横断する皆既日食があります。是非お手元に保管しておいて、5年後の夏休みの旅行を検討してみてはいかがですか?
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■執筆者プロフィール
杉村麻記子(すぎむらまきこ)
伊藤忠テクノソリューションズ株式会社 勤務