なぜいま社会人基礎力なのか / 柏原 秀明

1.はじめに
  21世紀に入りアジア経済の持続的成長がより鮮明になってきた。このアジア
 経済の成長の主要因の1つに人口の多さが挙げられる。すなわち,中国,イン
 ド,インドネシアなどアジアの主要国の経済成長が想定的に加速しやすい人口
 ボーナス期に突入したことによる。併せて,これらの諸国は,日本や西欧諸国
 に比較して安価な労働力の豊富さや自己の能力向上に熱心な若者の増加が挙げ
 られる。これらの競争優位性によって,海外企業が生産拠点をアジア各国に設
 け雇用の創出を増加させている。この結果として,これらの国々の内需を押し
 上げ,賃金の上昇と個人消費や中間層・富裕層の拡大がスパイラル状に成長・
 加速している[1]。
  一方,我が国では,1990年頃から始まったバブル崩壊(“失われた20年”)
 による経済成長の低迷と市場の成熟化に苦労している状況にある。この経済の
 長期的な低迷は,我が国の多方面の活力を削ぎ続けている。特に次世代を担う
 若者たちの状況は悲惨である。例えば,企業活動の低迷の影響は,若者の就
 職・雇用機会の低下(就職氷河期)を招き,社会人としての多様な経験の出発
 点で足踏みを強いられている。よって,この雇用機会の低下に歯止めをかけ,
 5大陸(南北アメリカ・欧州・アジア・アフリカ・オセアニア)を見据えたグ
 ローバル競争時代に通用する若者の人材育成が急務である。
 しかしながら,現状では,若者たちの教育環境の教育力の低下や企業が若者た
 ちに求める能力などの乖離が顕著になってきている。このことを踏まえて,経
 済産業省は,この人材育成の強化を図るために“社会人基礎力”を2006年に提
 唱し推進している。ここでは,この“社会人基礎力”について述べる[2]。

2.社会人基礎力とは[2][3][4]
  社会人基礎力は,以下に示す3つの能力と12の能力要素で構成されている。
 これらの能力・要素をガイドラインとして若者への授業や研修をおこなうこと
 が想定されている。この期待する効果の1つには,社会人基礎力を身につけた
 若者が,若者同士や世代間との円滑な会話(コミュニケーション)や相互理解
 が育成されることである。
 (1)「前に踏み出す力」(アクション」
   ~一歩前に踏み出し,失敗しても粘り強く取り組む力~
  実社会の仕事において,答えは一つに決まっておらず,試行錯誤しながら,
  失敗を恐れず,自ら,一歩前に踏み出す行動が求められる。失敗しても,他
  者と協力しながら,粘り強く取り組むことが求められる。
   ・主体性    :物事に進んで取り組む力 
   ・働きかけ力:他人に働きかけ巻き込む力
   ・実行力    :目的を設定し確実に行動する力
 (2)「考え抜く力」(シンキング)
   ~疑問を持ち,考え抜く力~
  物事を改善していくためには,常に問題意識を持ち課題を発見することが求
  められる。その上で,その課題を解決するための方法やプロセスについて十
  分に納得いくまで考え抜くことが必要である。
   ・課題発見力:現状を分析し目的や課題を明らかにする力
   ・計画力  :課題の解決に向けたプロセスを明らかにし準備する力
   ・創造力  :新しい価値を生み出す力
 (3)「チームで働く力」(チームワーク)
   ~多様な人とともに,目標に向けて協力する力~
  職場や地域社会等では,仕事の専門化や細分化が進展しており,個人として,
  また組織としての付加価値を創り出すためには,多様な人との協働が求めら
  れる。自分の意見を的確に伝え,意見や立場の異なるメンバーも尊重した上
  で,目標に向けともに協力することが必要である。
   ・発信力  :自分の意見をわかりやすく伝える力
   ・傾聴力  :相手の意見を丁寧に聴く力
   ・柔軟性  :意見の違いや立場の違いを理解する力
   ・状況把握力:自分と周囲の人々や物事との関係性を理解する力
   ・規律性  :社会のルールや人との約束を守る力
   ・ストレスコントロール力:ストレスの発生源に対応する力

3.社会人基礎力育成の定着化
  提唱される社会人基礎力を育成し定着させるためには,各種の教育機関で行
 われている従来型の社会人基礎力の育成学習:課題解決型プロジェクト学習
 (PBL: Project Based Learning)や職場体験学習(インターンシップ)および
 グループディベード演習などは,有効であるが十分でない。その理由は,提唱
 される社会人基礎力育成プログラムを習得し十分なスキルを持つ講師が必要で
 あるからである。
  このように考えると提唱される社会人基礎力を育成するためには,統一した
 プログラム,すなわち,フレームワークを用意し誰しもが理解できる“見える
 化”が必要であろう。その育成のための実践ポイントの例を以下に示す[5]。

 (1)「教育目標」,「育てたい人材像」に則した,社会人基礎力育成の目標 
  を立て,プログラムを設計する。
 (2)日頃学んでいる専門知識やスキルと関連のある課題を与える。
 (3)協力企業の担当者が,社会人基礎力育成や評価に携りやすい環境を整える。
 (4)企業にとって,育成事業に協力するメリットを考える。
 (5)学内の体制を整え,教員も連携して取り組む。
 (6)教員・企業・学生に向け,事前にオリエンテーションを開催し,「社会人
  基礎力とは・その必要性」,「プログラムの趣旨・目標・流れ」,「評価の
  実施方法」等について説明する。
 (7)ガイダンスの実施,プロジェクト遂行上最低限必要な基礎スキル・専門知
  識等の講義,学生による調査やプレゼン等,フェーズを有効に組み合わせる。
 (8)プログラム実施中の評価を育成につなげる。
 (9)担当分担の工夫により,学生の能力を引き出すチーム編成を行う。
 (10)プロジェクトに関わる教員は,「指導」ではなく学生を「支援」するとい
  う意識で臨む。

4.おわりに
  今日,我が国を取り巻くグローバル環境,すなわち,5大陸の国々の政治・
 経済・産業・社会などの激しい情勢変化は,瞬時に我が国に大きな影響を与え
 る状況である。大手・中堅・中小・ベンチャー企業は,これらの変化に迅速に
 対応しなければ,一夜にして大打撃を受ける。また,ICT(Information
 Communication Technology)の急速な発展は,企業の高合理化・高効率化に拍
 車をかけている。したがって,企業は「新しい高付加価値商品やサービスをい
 かに早く市場に創出するか」の実践が強くしいられている。
  このような状況から,企業は,採用した若者に対し以前よりも早期の“即戦
 力”を強く期待するようになった。すなわち,当初から難易度の高い仕事がで
 きる能力が期待されるようになったのである。この期待に応えるためには,今
 回説明した,若者たちの社会人基礎力の充実と実践力の強化が期待される。し
 かし,このような期待を単に若者たちに強いるだけでは片手落ちである。現世
 代や旧世代の人たちが,従来の仕組みを大きく変えてでも育成・支援・協力を
 しなければこの期待は成就しないであろう。是非とも“All Japan”で取り組
 みたいものである。


[参考文献]
 [1] 妹尾園子
   “好調アジア経済! その"力"の背景と今後の行方は? 日興アセットに聞く”
   2012年5月24日 
   http://news.mynavi.jp/articles/2012/05/24/asiaeconomy/index.html
 [2] 経済産業省
   “社会人基礎力とは”
   http://www.meti.go.jp/policy/kisoryoku/index.htm
 [3] 阿部晋也
   “継続的なキャリア育成に関するカリキュラムフレームワークの考察につ
   いて”
   pp.16-23,標準化研究会 第11回全国大会,2012年7月7日
 [4] 高木徹
   “キャリア形成における自律型人財の育成とコミュニケーションに関する
   考察”
   pp.34-42,標準化研究会 第11回全国大会,2012年7月7日
 [5] 経済産業省
   “社会人基礎力の育成と評価”,平成19年
       http://www.meti.go.jp/policy/kisoryoku/h19referencebook/h19referencebook.pdf

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■執筆者プロフィール

 柏原 秀明 (Hideaki KASHIHARA)
 京都情報大学院大学 教授
 ITコーディネータ京都 副会長・理事博士(工学),ITコーディネータ,
 技術士(総合技術監理・情報工学部門),EMF国際エンジニア,
 APECエンジニア

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