デジタル時代だからこそアナログ思考を大切に / 富岡 岳司

 私が暮らす関西でも、この夏、なんとか計画停電をまぬがれました。
企業、公共施設だけでなく、各家庭でも「長時間停電」と言う事態を目の前に戦々恐々だったのではと思います。とりわけオール電化のご家庭では、どのように凌ぐかのシミュレーションをされた方も多いのではないでしょうか?

我が家も、オール電化ではないにしろ普段から電気の恩恵に与っており、
「家族が揃うお盆期間中に長時間停電でもしたら・・・」
と心配していました。
停電時に我が家で使えなくなるものは、白物家電ではありません。
一例を挙げると
 電話・インターネット (コンセントに接続しているADSLルータが停止するため)
 トイレ(レバー式ではなく、電動で給水タンクから水が出るタイプのため)
 お風呂の給湯(これも電動スイッチ)
 玄関のインターフォン
まだまだありますが、トイレはかなり深刻でした。計画停電であれば水道は使えるので、バケツに水を汲んで流せばタンクから水が出なくても何とかなるのですが老いた母にはかなりな重労働ですので。
 電話も「携帯電話があるから大丈夫」などと安心していられません。
私のような固定電話が使えなくなる方が一斉に携帯電話を利用すると、回線がパンクし繋がり難くなりますし、それ以前に、地域が停電していると言う事は、携帯電話インフラを支えている基地局(近くの携帯アンテナ設備)も電源供給されていないわけですから、基地局そのものが停止してしまいかねません。
基地局の設備は蓄電池(バッテリー)があるので一定時間は持ち堪えられますが、それもいつ尽き果てるか判りません。
(何時間も持つものではなく、携帯電話利用者が増えると消耗も加速します)

 身の回りの電化によってもたらされた快適な暮らし。
しかし、それは電気があってこその快適さであることを計画停電問題であらためて気付かされました。
便利と不便はいつも背中合わせであり、便利になればなるほど不便さも増していると言うことを忘れきっていました。
 これは何も、電化製品に限ったことではありません。
今や口にすることもなく当たり前になった「デジタル社会」においても同じことが当てはまります。
 時計もそのひとつです。コンマ何秒の世界で戦うスポーツにとって、デジタル時計は必要不可欠ですが、庶民の日常生活においてはデジタルである必要性は高くありません。分単位でのアラーム設定やカウントダウンアラーム、24時間表記などアナログ時計にはない便利な機能がたくさんついています。しかし、停電や電池切の都度、最初から時刻設定し直さなければならない不便さは結構煩わしいものです。今の時刻は判りやすいですが、経過時間や残り時間と言った「時刻感覚」はアナログ(針)時計の方が判りやすいです。
 デジタル化されたシステム手帳にいたっては、万一、記憶装置が壊れたりでもしたら、過去数年間の記録が全て消えてしまいますし、今や各家庭にあるパソコンのメールも同様の事態になります。
紙の手帳や手紙は紛失でもしない限り残り続けますが、デジタル化されたものは、いわゆるバックアップを取っておかないと「ある日、突然、全てがなくなる」なんて事が日常事になっています。
もはや「不便」で片付けられない大事なのですが、ついつい日々の便利さ故に、その事を忘れてしまっているのです。

 ●便利になった分、新たに潜在した不便さが何なのか、
 ●それが顕在化する時はどういう時なのか、
 ●そして顕在化した時、つまり不便な事態が起きた時、どのように対処すべきなのか
このことを、身の回りの事から考え直す時期にあるのかも知れません。

そしてこれは、デジタル社会の代名詞でもあるIT分野において特に意識しなければならない事だと思います。

 企業内の会計・経理業務も従来の計算機処理だけではなく、一般化されたEDI(電子データ交換)やEC(電子商取引)、ERPパッケージ(統合業務パッケージ)に代表される他システムとの連携により、出納・売上・仕入と言った帳簿や貸借対照表、損益計算書などが次々と自動で作成される仕組みになっています。
営業はSFAと呼ばれる営業支援システムにより、出先から営業情報を登録・参照し、お客様とのコンタクトや商談そのものもリモート、モバイルで行えるようになりました。
製造・生産のデータも含めたこれらの経営基盤データをもとにして、経営を左右する重要な情報を経営者にタイムリーにレポーティングする(いわゆる可視化する)BI(ビジネスインテリジェンス)も普及してきており、まさしくITが経営を強力にサポートする時代となりました。
企業におけるIT人材も、バブル崩壊前の「自社システムを構築・運用する要員」から、IT経営を企画・推進・マネジメントできる要員へとシフトし、開発・構築はITベンダーに任せ、運用はアウトソーシングすると言った形態が一般化しています。
さらに近年は、開発・構築も回避し、ベンダーが提供する仕組みに運用を合わせて自社ではシステムを持たないクラウドサービスの活用も進んでいます。
プログラマーも、SEも、オペレータも必要とせず、それでいて社内業務がIT化されると言った実に「便利な」時代になりました。
経営資源的にIT要員の確保が難しい中小企業にとって、クラウドサービスの利活用は有効なIT投資だと思います。

 しかし、先に述べた、電化やデジタル化と同じく、ここに「便利」と「不便」が共存している事を忘れては大変な事になります。
汎用機コンピューティング時代は集中計算処理をコンピュータに委ねているだけでしたので、銀行オンラインなどを除き、それが停止しても企業経営が行き詰まることは稀でしたし、影響範囲が特定され復旧も比較的迅速に行えていました。
「不便な事態」が起きた場合、紙での処理などある程度、人手作業で代替もできていました。
それは、仕訳業務を知っている者、帳簿のつけ方を知っている者、つまりコンピュータに委ねている業務そのものを理解している者がいたからに他なりません。
 ところが、オープン化、パッケージ化、アウトソーシング化の流れの中で、元来人手で行っていた業務を知り尽くす人材が少なくなり、極端な例では仕訳業務や帳簿業務を知らなくても会社経営が出来る時代になってしまいました。
このことは、即ち「不便な事態」が起きた際に、急場をしのぐ代替策を持たないことになります。
停電時の我が家のトイレで言うなら、「バケツで水を流せば大丈夫」と言うことが判らない事であり、メールシステムの停止を例にとるなら、電報、手紙と言う昔からの手段があると言うことを知らない事と同じです。
とことんITに浸ってしまっていると「バックアップをとっているから大丈夫」なんて返答もされるのですが、データはバックアップされていても、それを動かすソフト、ハード、インフラにダメージがあった場合には何の役にも立ちません。
(バックアップを否定している訳ではありません。バックアップは絶対に大事です。しかも、別の媒体や別の場所に)
 大切なのは、IT化のベースとなった人手の作業、アナログな作業を不測の事態で行えるかどうかなのです。

 災害が起きた際、こぞってテレビから情報を得ようとしますが、そのテレビ中継もままならない事態となった場合、皆さんは、どのようにして情報を得ますか?
携帯電話・スマートフォンから?
携帯電話インフラが使える状態である可能性は低いですね。
そう言った場合、何人の方が「ラジオから情報を得る」と答えられるでしょうか。
そして何人の方がラジオを持っているでしょうか。特に30歳未満の若者において。

 アナログ時代は過去の時代ですが、アナログは過去のものではありません。
アナログはデジタル時代において、最も有効なバックアップ手法だと私は思います。

最後に、

 「ビジネスは時間こそが勝負の分かれ道」と時間に急かされデジタル時計のミリ秒表示のように猛スピードで人生を突き進んでいる今だからこそ、心の中のアナログ時計は、「チックタック」とゆっくり時を刻みたいですね。

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■執筆者プロフィール

富岡 岳司
ITコーディネータ京都 会員
ITコーディネータ
文書情報管理士