リバース・イノベーション戦略とは / 馬塲 孝夫

 世の中は情報に溢れ、次々と新しい言葉が出現してきますが、その中で最近気になっている言葉があります。それが、「リバース・イノベーション」という言葉です。また訳のわからない横文字か、と思われる方も多いでしょうが、まずはお付き合いください。

 この言葉にはじめて出会ったのは、確か、2年前の2011年頃だったと思います。ある日本のシンクタンクの報告書を読んでいて、この言葉が目につきました。「イノベーション」という言葉は、「革新」を表しますが、「リバース」という言葉は、「逆転」「裏返し」を表しますので、直訳すると、「革新の逆転」または「革新の裏返し」という事になりますが、これでは何を言っているのかわかりません。というわけで、興味本位にその記事を読み進めてみました。

 「リバース・イノベーション」とは、「機能がシンプルで低価格の製品を新興国で開発し、新興国内だけでなく、先進国にも事業展開する戦略」だそうです。
そうか、新興国で売れるように、製品を現地にそった形でカスタマイズし、事業展開する事を指すのか。そういう考え方は、従来から「グローカライゼイション」(グローバル化とローカル化の合成語)と言われていたので、また大学の偉い先生が新語を作って、もっともらしい事を言い出したな、と、これはその時の偽らざる印象でした。

 時は流れて、昨年秋、書店に「リバース・イノベーション 新興国の名もない企業が世界市場を支配するとき」(ビジャイ・ゴビンダラジャン他著、ダイヤモンド社)という本が並び、この言葉になじみがあったものですから、もう少し勉強してみようと衝動買いをし、詳しく読んでみました。

 リバース・イノベーションとは、初め考えていた「グローカライゼーション」とは、全く異なる概念である事を理解しました。つまり、これは、先進国企業が開発した製品を、コストダウンや、不必要機能を除外するなどして、現地ニーズに合わせて販売する戦略(グローカライゼーション)ではなく、新興国において、ゼロから現地ニーズに合致した製品開発を行う戦略なのです。従って、現地でも、イノベーションを取り入れ、現地なりの最適な製品設計を行うという考え方です。

 我々先進国の人間は、新興国の経済発展やその国のライフスタイルが先進国の後を同じようになぞっていくと考えがちです。しかしこれは間違い。例えば、携帯電話、太陽電池等は、先進国の技術革新のたまものですが、もはやこれは、先進国だけのものではなく、アジア、アフリカの新興国でも、経済的に貧しい中でも普及しているという事実があります。つまり、我々の30年前(当然、携帯電話はありません)と、新興国(経済やインフラ整備において日本の30年前と同程度であっても)は、決して同じ生活環境ではないのです。従って、先進国製品のローコスト版は、必ずしも、現地ニーズに合っているとは限りません。

 また、対象とする市場も異なります。通常、先進国製品のローコスト版は、新興国の中間層以上を対象としますが、市場として大きいのは、その下のBOP層(Bottom of Pyramid 、いわゆる、所得の低い人たち、これは世界人口の約7割強)です。このような市場を対象とすると、製品コンセプトを、根本的に変え、現地ニーズにあったものをゼロから開発しなければなりません。そのような開発戦略を「リバース・イノベーション」というのだそうです。

 そして、もう一つの特徴は、先進国で開発された技術を、新興国独自の製品開発に利用する事です。これで、現地でゼロから技術開発する手間が省けます。そのような事ができるのは、先進国の企業のみ。また、先進国企業の持つ、グローバル組織を有効利用すれば、現地の製品開発を現地企業より優位に進める事ができます。

 このような開発戦略を思いついたのは、米国の企業GEです。GEは、この手法を使ってポータブルな心電計や超音波診断装置を開発し、中国等で事業に成功しているとのこと。また、このような現地ニーズに合わせて開発したイノベーションが、今度は、本国のこれまでの顧客層とは異なる新しい顧客層を開拓しているそうです。その新興国から本国への回帰に対して「リバース」と名付けているのでしょう。

 日本の経済発展には、今後海外展開が不可欠です。市場規模は、日本の何倍、何十倍となるでしょう。それに対応するためには、先進国アメリカが気づいた、リバース・イノベーションの方法が有効だと思います。しかし、その際の懸念材料がひとつ。それは、このような先進的でグローバルな経営管理ができる人材の不足です。日本の喫緊の課題は、結局、学校教育も含めたグローバル人材育成につきるのではないか、と思います。

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■執筆者プロフィール

馬塲孝夫(ばんばたかお) (MBA)

ティーベイション株式会社 代表取締役社長
株式会社遠藤照明 社外監査役