ICTをうまく使うためのSLA活用法 / 小柴 宏記

 近年、われわれ社会へのICTの浸透の早さは目を見張るものがあり、ビジネスの現場ではICTの活用を無視しては立ちいかなくなってきています。とりわけ最近の傾向としては、パソコン導入や社内LANの整備といったインフラ型投資はひとつの節目を迎え、さらにレベルアップを図った経営課題の解決や経営目標を達成するために積極的にICTを活用する戦略型投資へと変わってきております。この潮流に伴い、情報システムの導入フェーズでも、以前は情報システムを使えるように稼働を迎えることが目標でしたが、戦略型投資では、稼働は目標達成の通過点に過ぎず、稼働後も運用方法を見直し、パッケージを改修するといった改善を繰り返して“うまく使いこなしていく”ことが重要になってきています。
 また、ICTへの依存度が高くなるにつれ、自社で全てのリソースを賄うことが難しくなってきています。そこで、外部の事業者のサービスを使う機会が多くなってくるのですが、これは自社の業務品質が事業者から提供されるサービスの品質によって大きく影響を受けることでもあります。つまり、今の時代、よりよい業務品質を担保するためには、事業者とのより良いパートナーシップを構築することが不可欠になってきていることを意味します。
 そこで、このパートナーシップを構築するための手段のひとつにSLA(Service Level Agreement)がありますが、今回はこのSLAを締結する際の重要な視点、考え方について解説します。

1)目的
 このコラムをご覧の方のなかにも、SLAとは、ペナルティやサービス利用料の減額を課せられる事業者側に不利な契約形態と捉えられている方もいるかもしれません。もっとも、SLAには定量化した評価基準やペナルティ規程が設けられますので、そのような一面もありますが、それだけではありません。
 そもそも、SLAは合意文書なので、利用者と事業者の双方にとって有益な内容になっている必要があります。例えば、利用者側のメリットには、コストに見合ったサービスが享受できているかを図ることができ、事業者側にとっては、利用者からの要求に応じたサービスを提供した証になります。そして、両者にとってのメリットとしては、責任と役割が明確になるということと、目標達成指向のコミュニケーション手段を手に入れることができます。SLAのような定量化された指標がないと、利用者側と事業者側それぞれの立場の違いや個人の思い込み、異なる前提条件など様々な要因が混乱を招き、感情的なコミュニケーションになりかねません。
 パートナーシップ構築には両者が同じ方向を向いて、同じ判断基準を持って、冷静に議論できる場が必要です。

2)策定時の注意点
 SLAの策定手順は、書籍やインターネット上にも様々な情報がありますので、この場では策定時の評価基準を考える際の重要ポイントに絞って解説します。
 サービスレベルとコストは比例関係にあるので、むやみにサービスレベルアップを要求すると極端なコストアップになってしまう危険性があります。
 また、ペナルティだけがクローズアップされると事業者側も不要なところでリスクを見ます。
 こういった面を避けるためにも、事業者が目標達成に積極的に取り組んでもらえるようインセンティブを付与する仕組みも準備する方がいいでしょう。インセンティブの使い方としては、評価基準を大きく上回った場合、あるいは評価基準に対して未達成になったとしても一定期間以内に改善計画(SIP:Service Improvement Plan)が提出された場合にインセンティブポイントを付与します。それをペナルティポイントと相殺するという使い方ができます。
 このような使い方をすることで、事業者側に改善の機会を提供することができ、最終的にはサービス向上につなげることができます。

3)SLA運用方法
 評価基準は、1回の作成で利用者と事業者の双方の期待を100%満足させることはなかなか難しいものです。また環境変化の激しいICTにおいては、常に見直しがでる準備をしておくことも大切です。したがって、SLAの作成に伴い、SLM(Service Level Management)の仕組み作りが必須です。
 SLMのベースとなるのが、定期的に開催される報告会です。この時の報告スタイルとしては、評価基準に対する単なるスコアリングを目的にしないということです。これを目的にすると単月毎の達成・未達成の報告に終始してしまい、改善の機会を逸してしまいます。報告の際には、時間的経過に伴う達成度合いの変化とその要因が把握できるようにすることがポイントです。時間的経過とは、当月の指標数値に加え、過去の指標の変化ならびに将来の予測指標を補足します。
 更に、数値報告のみならず、どのような改善に取組み、その結果どのような変化が現れたのかを情報として利用者と事業者間で共有します。そして、今後の達成に向けて何を行うべきか、ということが報告され、双方で意見交換することが理想です。

 こういった活動を継続し、段階的にICT活用の成熟度を向上させて、経営課題の解決、経営目標の達成を目指してください。
 近い将来、ICTの導入を検討される際の参考にして取組んでいただければ幸甚です。

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■執筆者プロフィール

小柴 宏記
ITコーディネータ京都 理事
ITコーディネータ
公認情報セキュリティ監査人