11月8日は「かにかくに祭」でした。
かにかくに祭は祇園白川にある吉井勇の歌碑「かにかくに祇園はこひし寝るときも枕のしたを水のながるる」に,舞妓さんが花を手向けます。「かにかくに」の意味は,あれこれと,何かに付けてで,啄木に「かにかくに渋民村は恋しかりおもひでの山おもひでの川」という歌もあります。
■生きる
吉井勇は「命短き恋せよ乙女~」のゴンドラの唄の作詞者でもあります。この歌は,黒澤映画の「生きる」で使われました。
映画の「生きる」は有名な作品なので,多くの方はご存知でしょうが,志村喬演じる市役所職員が余命短いことを知り,悪い意味の「お役所仕事」に凝り固まった役所の上司らに働きかけて市民公園を作る話です。完成した市民公園で,雪の中,主人公がブランコに乗りながら歌うゴンドラの唄のシーンが有名です。
本稿を書くのに調べていて初めて知ったのですが,映画で主演した志村喬は大阪市役所に勤務した経験があるそうです。
■前例主義とプロジェクト
悪い意味でのお役所仕事の一つに「前例主義」があると思います。
前例主義は,本来,先例を尊重して先例があるものは先例に従うことで,平等性を確保するという観点からは決して悪いことではないと思います。裁判の判断等では,毎回違う結論が出てしまうと大変困ります。
ただ,これが行き過ぎると「前例の無いものはやらない」ということになってしまいます。こうなると,私の主な仕事であるプロジェクトとは,やはり相容れない部分があります。以前勤めていた会社で,顧客からの要望で提案書を作った
ときに,上司に「前例が無い」と言われて却下されたことがありますが,プロジェクトは多かれ少なかれ前例の無いことをやります。
プロジェクトの特性の一つには「独自性(1回性)」があり,毎回,何らかの未知の領域に踏み込む必要があります。
これは新規開発だけでなく,既存システムのプラットフォームを変更するようなコンバージョン・プロジェクトでも同じです。私の部署の統計では,コンバージョン・プロジェクトの失敗率は案外高いです。また,新規開発プロジェクトの場合,利益率が低下しても黒字が確保できたりしますが,コンバージョン・プロジェクトの失敗は,納期遅延などでユーザーの痛手も大きいですが,原価が契約金額の倍以上かかるなど開発側の痛手も大きくなる傾向にあります。
この原因分析は別の機会に譲りますが,いずれにせよコンバージョン・プロジェクトは「回復力」が弱い傾向にあるのではと思います。
■小さなミスを積み重ね,大きなミスに育て上げていく
プロジェクトが何の問題も無く最後まで進むことは,滅多にありません。ほとんど問題無さそうなプロジェクトでも,マネジメントをやっていると多かれ少なかれ問題が発生します。私の経験では,放置しておいて解決する問題しか発生しなかったことは一回もありません。
最近読んだ海堂尊「ナイチンゲールの沈黙」の中で,千里眼とあだ名される看護師長の台詞に「…主治医の内山先生の力量不足よ。そうやってみんなが,少しずつ小さなミスを積み重ね,大きなミスに育て上げていく…」というのがありました。また別の箇所では,同じ看護師長が「制限時間オーバー。五分というオーダーに二十分はかかりすぎ。手順が悪いわ。間に合わない仕事はやったうちには入らない」というのもあります。入院中に読んだのですが,思わず頷いてしまいました。
先日まで網膜剥離で二十日間ほど入院していたのですが,検査当日に入院・手術になりました。一時は脳腫瘍も疑われたので,網膜剥離で済んでまだ良かったと思います。手術後には,ずっと俯き姿勢をとる必要があり,下向きの人生は結構辛いものでした。二度目の手術の後,看護師さんに「これで前向きの人生が送れますね」と言うと「上手いこと言いますね」と言われましたが,これは本筋とは全く関係ない話です。
プロジェクトの場合も,一発でプロジェクトが破綻するような問題やミスは滅多にありません。小さな問題やミスが時間とともに拡大したり,対応を誤って大きな問題やミスにつながることがほとんどです。
■黒髪の色 褪せぬ間に
ゴンドラの唄の終わりは,次のような歌詞です。
いのち短し 恋せよ少女
黒髪の色 褪せぬ間に
心のほのお 消えぬ間に
今日はふたたび 来ぬものを
プロジェクトの特性には独自性のほかに,納期がある「有期性」もあります。
小さな問題やミスを見逃してしまい,大きくなって発見してから対応しようとしても,残り時間が短いと打てる対策が少なくなります。自然消滅しない問題やミスは,対応を誤ったり放置すれば幾何級数的に大きくなり,逆に打てる手は指数関数的に減衰します。
八月のITC京都土曜例会「PM入門 最初の半歩」で,Read→Listen→Discuss→Observe→Thinkの話を少ししましたが,プロジェクトでも資料を読んで顧客やメンバーの話を聞き,対話して観察することで,問題やミスを早めに発見することができ,対策を考えることにつなげられると思います。ただし,問題が大きくなってから必死に対応して何とかしたほうが,会社からは褒めらて評価される傾向はあります。
今回の入院でも,視野の欠損には割と早く気付いていたのですが,多忙や職業柄もあり,眼精疲労かなと放置していたら前述したようになりました。現状,左目は視野の歪みが酷く,ほとんど視力が出ていません。もう少し早めに対応していれば,まだ視力が回復できたのではと思います。
人間は間違いますし,問題やミスは必ず発生します。
常に早めの対策が取れるように顧客やメンバーと接して,自分自身のミスも含めて早めの対策をとっていると,分かる人には分かってもらえて,また上原と仕事したいと言ってもらえます。これからも,プロジェクトの顧客やメンバーからこういった評価を貰えるような仕事をしていきたいと思います。
皆さんも,健康にご留意下さい。
文中,敬称は略させていただきました。
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■執筆者プロフィール
上原 守
ITC,CISA,CISM,ISMS審査員補,プロジェクトマネージャ
エンドユーザ,ユーザのシステム部門,ソフトハウスでの経験を活かして,上流から下流まで,幅広いソリューションが提供できることを目指しています。