皆様もよくご存じの通り、システム開発のプロジェクトの成功率は5割に満たないと言われています。コストや期間が予定より膨らんだり、開発したシステムでは期待していた効果が得られない・・・などプロジェクトの失敗事例が後を絶ちません。その原因の多くがいわゆる「超上流工程」にあるといわれています。
本稿では、その解決策の一つとしてビジネスアナリシス(BA)に注目をしたいと思います。
BAとは「組織の目的の達成に役立つソリューションを推進するために、ステークホルダ間の橋渡しとなるタスクとテクニック」まとまりを定義したものです。
言い換えると以下のことを実現することをめざします。
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1.組織のゴールを明確にし、達成するために何が必要かを明らかにする
2.利害関係者の真のニーズを引き出し、それぞれが納得する形で優先順位を調整する
3.解決策(業務面・IT面)を定義し、ビジネスニーズに乖離しないIT構築を行いその妥当性を検証する。
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このようにビジネス上の課題やニーズを明らかにし、それを解決するためのITを構築すれば、ビジネスとIT投資の乖離を防ぐことができるようになります。
ここまでの説明を見ると、経営とITの橋渡しをする「ITコーディネータ」と同じではないの?と思われる方も多いでしょう。まさにそのご推察の通りで、ITコーディネータのプロセスガイドライン (PGL) とBAの知識体系をまとめたBABOK(R)
(Business Analysis Body Of Knowledge(R))はお互いに重複する部分が多くあります。
例えばBABOK(R)では、必要な基礎的能力として、
1)分析的思考と問題解決
2)行動特性
3)ビジネスの知識
4)コミュニケーションのスキル
5)人間関係のスキル
6)ソフトウエアアプリケーションの活用
の6つを定義しています。
またBAのテクニックとして34の手法が紹介されています。例えば、ベンチマーク、ブレーンストーミング、SWOT分析、リスク分析、根本原因分析、シナリオとユースケース、プロトタイピング・・・などがありますが、これらは新しい技法ではなく、経営戦略、組織改革、人材育成、システム開発等で支援をされているITコーディネータの方々ならご存知のものがほとんどです。
非常に個人的な見解ですが、ITコーディネータとビジネスアナリストの違いを挙げるとすれば、以下の5つになります。
1.ITCは日本の資格。 BAは国際的な資格。(BAはカナダが発祥の地)
2.BAはビジネス要求やステークホルダ要求を分析することに重点を置いている。
(ステークホルダ間の合意形成を重視)
3.BAはシステム開発の設計~構築~テスト工程では関与が薄く、モニタリング中心となる。
4.BAは外部の人材というより、社内の人材として育成することをめざしている。
5.ITCは経営~システム化~モニタリングまで網羅をしているが、コンサルタントとしての関与をめざしている。
BAはやはりビジネスよりの超上流工程を重視しているのが特徴といえるでしょう。
ITコーディネータとして企業活動を行う上で必要な技法やスキルを理解していても、具体的に「どう組み合わせてどのシーンで活用するかがわからない・・」のでは、宝の持ち腐れとなります。世界標準の知識体系としてまとめられているBABOK(R)を習得し、目的達成のために必要なテクニックを駆使してタスクを実行することができれば、支援活動の幅が広がるのではないでしょうか?
さて、本稿の副題である開発現場でBABOK(R)をどのように活用するのかについてですが、システム開発の現場でおきている問題(事件?)には以下のようなモノがあります。
*提案依頼(RFP)を受けて提案し受注したが、プロジェクトが始まるとRFPに書かれていたような経営目標や戦略とはかけ離れた、「現場の要望」が次々と登場する。
*ビジネス戦略を実現するための業務とITのあるべき姿は曖昧なままプロジェクトが進行している。
*企業価値を高めるような観点でのシステム開発を「無視」して、使い勝手の改善や自部門が欲しいシステム機能に関する要望が沸いてくる。
冒頭で触れたように超上流工程に問題があり、目的や実現のためのITソリューションが、要件定義を行う各現場の関係者に浸透しないまま各人がやりたいことを言い出したら、もうプロジェクトは残念な結果となりそうです。少し極端かもしれませんが、ユーザ部門の要求の特徴としては、
*「現行システムと同じ機能があること」がスタートライン
*ビジネス戦略実現のためのIT投資と現場のやりたいシステム改善は合致しない
*開発コストを意識しないまま、自部門が欲しい機能を要求してくることがある
といった面があります。これではプロジェクトのコストや期間、品質での目標達成が困難です。もし、皆さんが参画しているプロジェクトにおいて、ユーザ部門から過剰な機能の要求がだされたら、それがビジネス戦略を実現するために本当に必要な機能かどうかといった観点に戻って考えてもらうように誘導していくことが求められます。
このように、システム開発プロジェクト成功のためには、ビジネス戦略を理解し、付加価値を生み出すために必要なIT投資が何かをきっちりと定義づけ、ステークホルダ間の合意形成できるように推進していくことが求められます。そのためにはBA(ビジネスアナリシス)のスキルが必要となるでしょう。
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■執筆者プロフィール
杉村麻記子(すぎむら まきこ)
ITコーディネータ、中小企業診断士、PMP
勤務先:伊藤忠テクノソリューションズ株式会社