音楽レコード盤の満ち足り感 / 松井 宏次

弥生三月の声を聞き、しっかりと日が長くなって来ています。冬にも良さがある
とはいえ、明るい時間が長くなるのは、やはり嬉しいものです。
どこか少し朧さのある空の青が、おだやかに命の目覚めや芽吹きを誘ってくれて
いるようです。言い古された言葉ですが、出会いと別れの季節。新しく始めるこ
とが似合う季節とも言えるでしょう。

ところで、歴史を辿れば貨幣の登場を経て今日まで、この世の経済は発展を続
け、その構造を変えてきました。その経済が発展を続ける力の背景を、企業内部
の創造的な取組みに求めたのが、経済学者シュンペータで、唱えられた概念が
「イノベーション」でした。(学術的には、もっと正確に記述しなければいけな
いのでしょうが。)実際のイノベーションの例として取り上げられるのは、内燃
機関、汽車、自動車 であったり、そしてコンピュータだったりします。
また、イノベーションに関連した解説では、自動車と、馬の鞭の関係が、今なお
定番のようです。馬や馬車が移動手段のときに、より早く馬を走らせるための鞭
の改良が進んだとしても、自動車というイノベーションが登場することで、鞭の
改良競争のようなものは意味を無くすといったことが語られます。

自動車とは異なる広がりでイノベーションをもたらし、また、自動車もまた範疇
におさめながら、進化し続けているのが、コンピュータ。高速デジタル通信のイ
ンフラの広がりとあいまって今なお新たな影響を与え続けています。
そんなことを感じながら、目に止まった記事が、2013年の音楽配信売上につ
いての日本レコード協会の発表。 
PCやスマートフォンを対象にしたダウンロード販売の対前年金額比は、シングル
122%、アルバム134%。PC/スマートフォン向けサブスクリプションサービス
(月々定額の音楽配信)は、対前年比518%となる27億2500万円と急成長だと
いう。もっとも、全体としては、フィーチャーフォン向けダウンロードの落ち込
みでマイナスだったそうです。これに対して当然のごとく落ち込んだのがCD。
音楽レコード盤の登場以来、営々と続けられて来た、音楽がつくられ、演奏さ
れ、レコード盤という媒体に録音され、その媒体がパッケージ商品として流通、
販売されていくという仕組みが、多くの部分でその意味を無くして来ています。
一方で、録音された楽曲、演奏を聞く方法が、受け取り手にとっては柔軟に大き
く広がりました。音楽家の側から見ても同じ広がりがあるでしょう。

ところで、面白いのが、音楽レコード盤の動向。
http://www.riaj.or.jp/data/analog/analog_q.html
一般社団法人日本レコード協会によれば、音楽レコード盤(上記URL の集計で
はアナログディスク)は、減って来たものの根強く、2012年には、大きな
復活も見せています。
当時の日経電子版の記事を辿ってみると
 ・ダウンロード時代だからこその傾向としてのアナログへの親近感。
 ・独特のライブ感の表現。
 ・デジタルな音にならされた耳にとっての新鮮さ
 ・中高年世代は郷愁
 ・大きなジャケットやレコードの重さが存在感、愛着。
などが、その理由としてとりあげられています。
そこには、何かとデジタル全盛の時代に、考えるべき工夫についてのヒントが
トが埋もれています。(もっとも、だからと言って、音楽レコード盤が今後大
きく復活すると考えられるわけではありません。)
ここで、どのような創造的な取組みが考えられるでしょうか。そのひとつは、例
えば、レコードジャケットに代わって提供される満ち足り感の創出であって欲し
いところです。「モノ」としての存在の魅力です。

デジタル化、コンピューティングによる利便性。それを求めるなかで置きざりに
した心地よさや充実した気持ち。それらに代わる、あたらしい満ち足り感を創造
することが、モノやコトを提供する側にとっても得る側にとっても、ますます大
切になっています。

 <参考>「I Want To Hold Your Hand - 抱きしめたい」は名訳であり、
 そして、アルバムジャケットを両手で抱える喜びがそこに重なったと
 いうことを説く論考。「北山修著 複製人形論序説」

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■執筆者プロフィール

松井 宏次(まつい ひろつぐ)
ITコーディネータ 中小企業診断士 1級カラーコーディネーター