デジタル時代の著作権 / 藤井 健志

デジタル時代の著作権
 ~何が大丈夫で何がアカンの?この写真アップして大丈夫~

<はじめに>
●STAP細胞での一件がいつのまにか話題に取り上げられることもほとんどなくなってきましたが、論文盗用に関する話が先日新聞の片隅で取り上げられているのを目にしました。
 学術論文や出版物ほどには気にしなくてもいいのかもしれませんが、日常的にブログやツィター、フェイスブックなどで情報発信できるようになったわれわれ一般人も、他人の発言をコピーしたり映像をシェアしたりする中で、知らず知らずの間に他人の著作物を転載、模倣して著作権を侵害してしまっていることがあるかもしれません。
 そこで著作権というものを少し調べ、デジタル化の進歩の中で簡単にコピペできる時代になった今の時代の著作権とこれからの方向を考えてみたいと思います。

<そもそも著作権とは>
●それでは著作権とは一体何なのか。
「著作権とは言語、音楽、絵画、建築、図形、映画、写真、コンピュータプログラムなどの表現形式によって自らの思想・感情を創作的に表現した著作物を排他的に支配する財産的な権利である」(ウィキペディア)
 実際、著作物であるならばあらためてどこかの機関に登録したりする必要もなく著作権が発生し、著作者の死後50年間存続するとされています。

●そもそも素材が著作物であるか、そうでないかが問題であり、著作物と認定されれば著作権が発生し、利用に際して原則許可が必要になります。
 著作権の大原則として「著作権は事実、アイデアは保護せず、表現のみを保護する」ということです。創作的な表現かどうかがポイントであり、事実やデータ、アイデア、実用品のデザインなどは著作物ではないとされます。
 例えば、「福岡ソフトバンクホークスが日本一になった」これは単なる事実ですし、各報道機関が自由に表現します。最初に報道したところの許可をとってと言うことになれば報道自体が成り立たなくなってしまいそうですね。これがその裏側を取材して秋山監督の生き様をテーマに一つの読み物として創作的に表現された時に著作権が発生することになるのでしょうか。

<個人的に使う場合や、社会にプラスになる場合は大丈夫>
●つくった作品が著作物とされると、それをコピーしたり、翻訳したり、二次利用したり、上映したり、演奏したり、送信したりする場合には著作権者の許諾がないと合法的には行えないことになります。
 ただし、著作権法では例外規定をおいて一定の軽微な利用や社会的に意義の高い利用については自由にできるようにしています。
 CDのダビングなどでよく言われたように「私的複製」(著作権法30条)=個人的に又は家庭内その他これに準ずる限られた範囲内において使用することを目的とする時はコピーすることが可能とされています。但し、権利者がコピーガードなどの技術的保護手段を講じた場合は除外されましたし、違法にアップロードされた著作物を知っていてダウンロードするのは違法となるという規定が、平成21年に追加されました。デジタル社会の発展と時代の要請によって個別追加規定がいろいろ発生しているというのが実情のようです。

●もう一つの例外規定として、「認めたほうが社会にプラスの効果がある場合」も自由に利用することができます。報道目的の利用、教育目的の利用などが該当します。出典やその箇所の明記をすれば引用も可能です。観覧料を取らず、出演者に報酬をも支払わないなどの非営利目的の上演・演奏や、企画検討、技術開発、情報分析に必要な範囲での利用は著作権者の許可が要らないとされています。

<独占と表現のバランス──著作権の未来>
●著作権法第一条には、「この法律は、著作物並びに実演、レコード、放送及び有線放送に関し著作者の権利及びこれに隣接する権利を定め、これらの文化的所産の公正な利用に留意しつつ、著作者等の権利の保護を図り、もって文化の発展に寄与することを目的とする」と記されています。
 「文化の発展に寄与すること」が目的とされており、特許法・実用新案法・意匠法・商標法などの目的とされる「産業の発達に寄与すること」とは一線を画しています。
 独占と表現のバランスを取り、文化を発展させようという理念が存在します。
現実的には、文化の発展と著作権者の権利を保護することという相矛盾することのせめぎあいがあります。

●皆さんもそうだと思いますが、インターネットを使いながら、文章や画像、あるいは動画をダウンロードしたりSNSで利用したりする機会も多くあるでしょう。「自分の行動に著作権の問題はないのだろうか?」と多少不安な気持ちになることもあるのですが、まあこのレベルなら問題ないだろうと簡単に投稿したりしています。われわれ個人が発信する場合は、著作権以上に炎上に繋がるような微妙な表現・コンテンツの方により気をつけなくてはいけないかも。

 話はそれましたが、「引用」に関しては、
(1)引用される他人の著作物と、その引用する自分の著作物との間が明瞭に区別できて、かつ(2)自分の創作部分が主、他人の著作物が従、という関係が成り立っており、(3)出所(出典)を明示していれば、適法な引用になるとされています。

●著作物のタイプが多様化
そもそも日本においても古事記や万葉集の時代から伝承を文字に記録したり、お経や絵巻などを模写することも行われていました。著作権というものが問題になりだしたのは活版印刷術などが発展し大量複製できるようになってからです。そして現代では、デジタル化の進展によりソーシャルメディア、電子端末の登場、電子書籍の普及等によって著作物のタイプが大きく膨らんできました。そんな中で著作権のあり方も再考を求められています。

●その方向は、ただ守られるべきものから、保護と活用のバランスへと。
著作物の複製・改変・送信が一般化するなかで、創作者の権利を守る方向に傾けば、新しい創造を締め付け、文化の衰退させることになるでしょうし、かといってすべてを自由にすればコピーが氾濫し、海賊版大国となり、プロのクリエータは育ちにくくなるでしょう。
 最近では権利者側一辺倒の権利を守る姿勢が変化してきているようです。ニコニコ動画やYoutube、USTREAMではJASRAC(日本音楽著作権協会)との契約によりJASRAC管理下の楽曲を自分で歌ったり演奏した動画を投稿できるようになりました。音楽CDの使用については各社細かな規定があるようですが。

●著作権の意識が高まっている一方で、ネットには“共有”の文化があり、コンテンツがシェアされていくことで、広告以上の拡販効果もあります。
 著作権を前向きに活用して収益化をはかっていこうとするビジネスモデルもあらわれています。Youtubeでは「コンテンツID」というシステムを著作権者に無料で提供しており、不正ファイルの規制とともに著作権者が広告を挿入し収益化できるオプションも用意されています。

<まとめ>
●情報は本来どこまで自由であるべきなのか、文化の発展はどうやって支えるべきなのか、禁止しあう社会か/許し合う社会か、グレーゾーンのなかで走りながらより良き方向を目指して動き続けているというのが今の状況ではないでしょうか。

●インターネットを使う場合やちょっとした文章を書く場合でも著作権の問題がないだろうか、肖像権はだいじょうぶだろうか?と気になることが多々あります。
この文章もはじめに日経産業新聞10月7日のビジネスQ&A「技術開発などの利用自由─ネット時代の著作権」に触発され、野口裕子氏の「デジタル時代の著作権」を読んでキーワードを抜粋し、自分の思いを込め再構成して文章化したものです。著作権法には抵触しないとは思いますが。
 仕事柄、文章を書く機会も多いのですが、ますます発展するデジタル技術社会の只中でもがき、深く呼吸しながらより良き社会にむけて前進してゆきたいと思っています。

————————————————————————
■執筆者プロフィール

藤井健志
一級建築士、中小企業診断士、ITコーディネータ
(勤務先)(株)日商社 プロジェクト開発部