近畿大学の広報戦略 ~なぜ近大が志願者日本一になったのか?~ / 藤井 健志                

<はじめに>
●ひと月ほど前になりますが、近畿大学の入学式で音楽家のつんくさんが咽頭癌の手術で声帯を摘出したため、ステージ上の画面に流れる手紙で新入生たちにメッセージを送っている姿がワイドショーなどで取り上げられていました。
「私も声を失って歩き始めたばかりの1回生。みなさんといっしょです。こんな私だから出来る事。こんな私にしか出来ない事。そんなことをこれから考えながら生きていこうと思います。」
 彼は2年前から母校の入学式のプロデュースを引き受けていました。

●少子高齢化が叫ばれ、ある程度均衡を保っていた18歳の人口が2018年を境に大きく減り始め、大学進学者数が減少することが予測されるなかで、近畿大学が2014年度の私立大学志願者数で初めて1位(首都圏以外で初)となり、関係者の間で大いに話題になりました。どうやら2015年度も連続して1位を獲得したようです。

●大阪の南のほうで育った筆者にとって近大(以下、近畿大学を地元で通称呼ばれている「近大」と表記する)はわりと身近な存在であり、かってはバンカラな応援団のようなイメージでした。相撲の朝潮(学生横綱のときは長岡)やボクシングの赤井英和さんに代表されるような男っぽいイメージでした。建築士の試験も診断士の試験も確かここで受けた覚えがありますが、雑然としたキャンパスの光景が記憶に残っています。それが現在では寺川綾、入江陵介、つんくさんに代表されるようなさわやかな卒業生、在学生のイメージで売り出していますし、建物、雰囲気も一新していました。
 それでは「なぜ近大が志願者数日本一になったのか?」を知りたいと思っていたところ、「なぜ関西のローカル大学「近大」が、志願者数日本一になったのか」(山下柚実著・光文社)に出会いました。それを参照しながら、近大の広報戦略について考えてみます。

<建学の精神とキャンパスを変えていった3つの目標>
●近大が設立されたのが1949(昭和24年)、大阪理工科大学、大阪専門学校を合併して政治家・世耕弘一が初代総長となり、実学教育と人格の陶冶を重視する建学の精神のもと理工学部、商学部から始まりました。
 現在内閣官房副長官を務め、安部首相の参謀役を務める世耕弘成氏は近大の第4代理事長でした。彼は3つの目標を掲げ、それが、教職員に対するガバナンスとしての効果を上げてきたと語られています。
 1.10年以内に「関関同立」に追いつき、追い越す
 2.偏差値や大学のランクで測れない次元の違う独自性を持った大学になる
 3.世の中の役に立つ大学になる

<志願者を増やすためにはどう考えたか>
●まず、女子の受験生を増やす・ターゲットを女性に絞る
理工科、商学部から始まった近大は男子が多く、女子を増やすための戦術が考えられました。女性から気に入られる学部、心理・社会・インテリアデザイン・カラーコーディネイトなどを扱う総合社会学部や建築学部を新設したり、大学の環境、煉瓦色のタイルや統一感のある景観を形成し、特に女子トイレを男子の倍の大きさにしパウダールームを設けたりするなど特にこだわったようです。

●ふたつめに、「エコ出願」
願書を請求してそれに必要事項を記入して郵送してというような手続きを、環境にやさしいインターネット出願に切り替えました。最初はネットで出願すれば1出願当たり3000円割り引くという特典をつけて始めたそうですが、昨年度から全てネット出願になりました。

●そして3つ目に宣伝・広報を一元化する
情報発信に一貫性をもたせ、大学の魅力を最大限に引き出す積極的なメディア戦略を展開しました。
 志願者を増やすために広報予算を増やしたのではなく、ひとつひとつをゼロベースで見直し、高校生は何を参考に大学受験選択の情報源としているかを独自に調べ、「それで志願者が増えるかどうか」という基準で効果の低い広告を大幅にカットし、選択と集中を徹底しました。
 それと同時に年間233本のプレスリリースを発信し、自らの手でマスコミに取り上げられる工夫をし続け、受験生にSNSで拡散されるような広告を自ら考えて打っていきました。ひたすら他の大学と異なるということを強調し続けた結果だそうです。
 近大広報部広告出稿の3つの基本として
 1.少々大学界の常識を逸脱したとしても目立つ広告を出す
 2.大学名を隠しても近大の広告であると分かるような広告にすること
 3.クリエイティブを代理店に丸投げしないこと(時間をかけて代理店の制作担当と打ち合わせを重ねることにより、素晴らしいアイデアが生まれます)
を謳っています。

●実学の精神にもとづき近畿大学水産研究所が1970年から研究を続け、困難と言われてきた全国初の完全養殖マグロを成功させ、マスコミでも取り上げられました。専門料理店「近畿大学水産研究所」をグランフロント大阪と銀座に設け、行列の続くレストランとしても話題になっています。
 最初に触れた派手な入学式の演出、平成26年度の卒業式ではホリエモンがメッセージを語り話題性をつくり、ユーチューブでも62万あまりの閲覧数を数えています。

<将来に向けての戦略>
 ちょっとやり過ぎという声も聞こえたりしていますが、現状に留まることなくいろいろなことに挑戦しておられる近大、2016年には外国語・国際系の学部新設を考え、海外への配信にも力を入れていく方向。
 2025年、創立100周年に向けて、近畿大学東大阪キャンパス整備計画「超近大プロジェクト」が始動しています。

 “近大をぶっ壊す”まさに常識を逸脱したCMも発信されています。
https://www.youtube.com/watch?v=rSt-ogjyto4

 集客、増客に苦労されている方々にとって大きなヒントが見て取れるのではないでしょうか。

<参考文献>
「なぜ関西のローカル大学「近大」が、志願者数日本一になったのか」
 (山下柚実著・光文社)
「広報が軸になり、前例にとらわれず挑戦を続ける情報発信とは
 ~近畿大学のオウンドメディア活用インタビュー」(ネットPR.JP)
 netpr.jp/cace/16058/

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■執筆者プロフィール

藤井健志
一級建築士、中小企業診断士、ITコーディネータ
(勤務先)(株)日商社 プロジェクト開発部