「「納品」をなくせばうまくいく」を読んで / 岩本 元

 今回は書評です。書名を最初に見たとき、テーマは開発成果物の削減かと思って読んだところ、SIの新規ビジネスモデルの紹介でした。

1.書籍内容の要約
 従来の一括請負契約によるシステム開発は、次のような(発注側から見た)問題を生んでいます。

・要件定義という未来予測に基づいて見積り・発注するため、仕様変更とそれに伴う追加費用が発生することが多い。
・SIerは、完成リスクを引き受けるため、見積金額に過大なバッファを乗せることがある。
・SIerにとって計画変更のない方が大きな利益を生むため、SIerは臨機応変に仕様変更を提案し、より価値の大きなシステムとするような創意工夫をしない。

 上記の問題に対し、ソニックガーデン社では次のような開発受託モデルを提供しています。

・顧客とは月額定額(固定工数)で契約し、その範囲で新規構築から都度の改修を行う。
・3ヵ月を契約単位とし、3ヶ月毎に次期間の開発内容を顧客と相談して決める。
・ソースコードやドキュメント等の成果物を納品せず、徹底的に省力化する。
・毎週、「遠隔」ミーティングで状況を確認する。
・エンジニアの採用、新規顧客からの受託は綿密にチェックした上で決定する。

 このモデルには以下のメリットがあるそうです。

・3ヶ月毎に改修内容を決定するリーン開発により、長期開発における要件の変更(or自然変化)のリスクを回避できます。
・可能な範囲で作業を設定するため、納期直前のデスマーチや予算オーバーがありません。
・新規開発~運用~改修で担当エンジニアを固定するため、顧客ビジネスに入り込む提案が可能です。
・原則、顧客を訪問しないため在宅勤務も可能です。長期海外渡航者による対応実績もあります。
・アジャイル開発と非常に相性の良い契約形態です。

 制約として大規模開発への適用が困難であり、起業したてのベンチャー会社向けのシステムや小規模サイトの新規開発が主な適用案件です。

 書籍の冒頭に書かれた文章がこのモデルをよく表現しています。
「本当に必要な機能を、本当に必要な順番に、少しずつ開発をしていく」

2.社内でのやり取り
 この書籍を社内で紹介した際、以下の質問がありました。

【質問】
 サービサーからすれば良いビジネスモデルだけど、使う側からすれば、ドキュメントもなく、ベンダにどんどんロックインされていくのが不安にも思えます。
工数の範囲内での改修ボリューム、つまりは生産性の妥当性を、どうやって握るのでしょう。

【私の回答】
 生産性の妥当性は信頼関係の中で握ることになります。できるエンジニアは複数顧客から受託していると書かれており、エンジニアの採用時に1顧客の上流から下流まで一通りサポートするためのスキル(=生産性)をチェックしているように思いました。また、基本的に月額固定ですが、一時的に追加でアサインすることも可能とあります。「残業させない」モットーなので1人のエンジニアに無理を強いることは無さそうです。
 その一方、顧客から見ると完成義務がない点はリスクとなります。システムの法令対応など納期厳守の案件には向きません。

 他の人の回答が優れていますので、合わせて紹介します。

【もう1つの回答】
 ベンダには必ずロックインされます。逆説的に言うとIT技術者のいない会社が、信頼できるベンダと長期的な契約を結ぶというモデルです。
 契約は1つの開発単位ではなく、月いくらのような定額継続モデルです。その契約の中で、使う側と作る側は、企業の価値向上という認識・課題を共有しながら、使う側は言いたいタイミングで好きなようにニーズを出す、作る側は抱えている要員を最大限活用してアジャイル的に作ってすぐに確認・使用してもらう、というスタイルになります。

 かつて、ITコーディネータは中小企業のホームドクターになることが1つの目標と言われました。定期的に問診し、必要最低限の処方を行う医師の姿とソニックガーデン社の開発モデルは重なって見えます。誰がやっても上手くいくとは限らないモデルですが、発展性と夢を感じます。

(参考文献)
・「納品」をなくせばうまくいく ソフトウェア業界の“常識”を変えるビジネスモデル、
 倉貫 義人 http://www.amazon.co.jp/dp/4534051948

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■執筆者プロフィール
 岩本 元(いわもと はじめ)

 ITコーディネータ、技術士(情報工学部門、総合技術監理部門)
 &情報処理技術者(ITストラテジスト、システムアーキテクト、
          プロジェクトマネージャ、システム監査他)
 企業におけるBPR・IT教育・情報セキュリティ対策・ネットワーク構築のご支援