五木寛之の「林住期」からの考察 / 坂口 幸雄  ~「団塊の世代」の人生の悩みと愚痴~

1.はじめに
 ITC京都には気力・体力が充実している会員が多い。しかし「団塊の世代」の私は前期高齢者(65歳以上~75歳未満)であり、寄る年波には勝てず気力・体力ともに衰えを隠せない。

 このような折、梅田の古本屋で五木寛之の「林住期」という単行本を購入した。
私はインドに観光旅行に行ったり、四国霊場88箇所遍路の旅をしていたので「インド人独特の人生観」に私の心がピンと反応してきた。「林住期」というタイトルは聞き慣れないものだったが、読んでみると「人生設計・生き甲斐」を鋭く分析している。著者の五木寛之は、私の「安易で世俗的な人生観」にレッドカードを突きつけてきた。

2. インドの四住期(学生期、家住期、林住期、遊行期)について
 古代インドのマヌ法典によれば、インド人の人生は4期間に分けられる。四住期では第3番目の「林住期」が人生のハイライトである。

2.1「学生期(がくしょうき)」
 師について心身を鍛え、学習する時期。
 まだ一人前とは見なされていない。
2.2「家住期(かじゅうき)」
 就職し、結婚し、家庭を築き、子供を育てる時期。
 世俗的な利益(金、地位・・)を求める。
 一家の大黒柱となって家族や会社のために働く。
 働き盛りで、体力・気力ともに充実している。
2.3「林住期(りんじゅうき)」
 生き甲斐を求めて、真に人間らしく生きる時期。
 世俗的な利益を離れて、解脱(世俗の迷いから脱却)を目指す。
2.4「遊行期(ゆぎょうき)」
 家を捨て、死に場所を求める放浪と祈りの余生の時期。
 四国 88箇所参りでの行き倒れ等。

 “世俗的な利益”を求める「家住期」と“解脱”を目指す「林住期」の間には人生観における大きなギャップがあり、急角度の“人生のヘアピンカーブ”である。現在の日本の日常生活では“解脱を目指す”と言う発想はなかなか浮かんでこない。ぬるま湯(快適で便利な世俗的生活)に慣れ親しんでいる私には“インドの禁欲的な生き方“は、実践できそうもない。

3. 仏教の教え・・・“生老病死、苦、無常”
 私の家族は終戦後中国から日本に引き揚げてきた。私は5人兄弟の一番下の5番目の子供として福岡で生まれた。終戦直後の10年間は、日本はまだ混乱期でもあり貧しく、衣食住ともに不足していた。

 しかし1955年頃より高度経済成長期に突入すると、日本経済は右肩上がりで成長していく。子供の頃の記憶では、ご飯は「かまど」に薪(まき)を入れて炊いていた。これが「電気炊飯器」となり、ご飯の準備は格段に便利になった。そして三種の神器(電気洗濯機、電気冷蔵庫、テレビ)も普及して、日常生活は豊かになっていった。文化面では米国進駐軍と一緒に「ハリウッド映画」の陽気で底抜けに明るい米国文化が浸透してきた。若い時の私は楽観的に、人生は必ず「ハッピーエンド」で終わるものと錯覚していた。

 私のビジネスにおける人生ゲームは、1991年のバブル崩壊までは右肩上がりで順調であった。いつの間にか好景気は永遠に続くと勘違いしてくる。リスクを無視して“それ行けドンドン”でビジネスを推進してきた。今から考えると、バブル景気はまさしく泡のように実体のない繁栄であった。その後バブルが崩壊し、私はリストラや早期退社といった苦い経験をすることになる。

 仏教は“極めて厳しい教え”を提示している。
・生老病死からは逃れられない
・人生は苦である
・人生は無常である

日常生活から「悲しい事、空しい事、嫌な事」には背を向けて、「楽しいこと」ばかりに目を向けて人生を生きていく事は出来ない。

4.「林住期」には意識改革(気持ちの切り替え)が必要
 「家住期」から「林住期」への人生の“へアピンカーブ”を曲がる時に、自分の価値観を大きく変換する「意識改革」ができるか否かが人生の別れ道となる。
体力・気力・能力・容姿が大きく衰える黄昏(たそがれ)時の「林住期」になっても、若い時と同様な「溌剌とした生き方」に執着していると「惨めな生き方」になると五木寛之は警告している。お釈迦様の教えに逆らって、どんな若返りのアンチエイジングを取入れたとしても、人生の時計の針を逆回転することはできない。それでは意識改革を可能にするための「秘伝の奥義」は無いのだろうか?

 「秘伝の奥義」は愛犬ラッキー(パピヨン、15歳の老犬)が教えてくれる。
愛犬ラッキーは私の師匠である。何故なら犬は雑念を捨てて、「頭を空っぽ」にできる。執着を捨てることにおいては犬は人間よりも高等動物である。もし愛犬ラッキーが人間に生まれていれば、立派な修行僧になれただろう。

4.1 「他人と自分を比較しない」
 愛犬ラッキーは他人を羨ましがったり、ひがんだりはしない。「他人は他人、自分は自分」であると割り切る。

4.2「現在のみを考えて、生きる」
 愛犬ラッキーは「過去」の出来事や失敗を悔やんだりしない、また「将来」のことで余計な心配をしない。「今」を懸命に生きるだけである。
 これさえ出来れば「私の悩みやストレス」はずいぶんと軽くなるはずである。

5. 若い現役世代へのアドバイス・・「家住期」における事前準備が必要
 「家住期」は家族のためにパン(世俗的な利益)を獲得する時期である。しかし人間はパンだけで生きるものでもない。ますます厳しくなる社会環境の中で「現役世代」にとっての人生のハイライト(林住期)への準備はきわめて重要である。ただし、その人生設計は個人毎にバラツキがあり一様ではない。人それぞれの「過去の経緯、人生観、宗教、健康状態、資金、家族関係・・等」により大きく異なる。

 しっかりした「家住期の土台」が無ければ、「林住期」はすぐに崩れてしまい砂上の楼閣となる。「家住期」において入念な事前準備をしておく必要がある。
具体的には「自分自身と家族の健康管理、資金管理、家族関係、子供の自立の促進・・」など幅広く整理整頓・始末しておくべきことが多い。

 最後に、自分自身の人生設計の“前提条件や制約条件”を十分精査して、「林住期」における価値観・生き甲斐を“自己責任”で築いていくことになるが、“自分一人で”地道に積み上げていくしかない。

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■執筆者プロフィール

坂口 幸雄
・ITベンダ(アジアで日系企業の情報システム構築の支援等)
・JAIMS日米経営科学研究所(米国ハワイ州)、
・外資系企業
・海外職業訓練協会
・グローバル人材育成センター
・ITコーディネーター京都 会員
資格: ITC、PMP、PMS、CISA
趣味:犬の散歩、テレサテンの歌を聴くこと、海外旅行、お寺回り
(四国八十八カ所遍路の旅および西国三十三カ所観音霊場巡り)
ホームページ:http://ysakaguchi.com/