日本人の労働観と日本人の持つ志について / 中川 普巳重

 仕事やプライベートな時間を通じて日頃から感じ考えていること、それは「日本人らしさ」です。今日は「日本人らしさ」と企業活動について考えてみたいと思います。

 まずはものづくりの世界である金属加工現場で感じ考えていることです。ここには、最先端の加工機とソフトだけでは実現できない、人間の五感をフル活用した感覚の世界、匠の技の領域があります。素材の特性を理解しているという知識の世界、加工に必要なノウハウ・技術の世界はもちろん大事なのですが、目の前で起こっている状況を感じ対応する人間の感覚の世界が最終品質に及ぼす影響はとても大きいように思います。例えば溶接の世界、ここには、溶接の溶け込み具合や溶接によるひずみを考慮するノウハウに加え、加工素材の状態を把握する力、その日の気温や湿度を加味し、加工にかける時間を調節するなどさまざまな感覚的ノウハウが存在します。生産性の向上と品質の安定を追求するならば、溶接の自動化に取り組めばいいのかもしれません。いつでも、誰にでも常に同じ品質が生み出せる機械溶接、その品質で対応できるような装置設計にしてしまえばいいのでしょう。何を自動化するのか?何を自動化しないのか?ここに経営者としての意思決定が求められます。では、経営者は意思決定の際に何を元に判断するのでしょうか?それが「志」なのだと思うのです。そしてその志こそが「日本人らしさ」なのだと思っています。

 匠の技を伝承することは容易ではありません。現にものづくりの現場における技術伝承は社会的な課題になっているように思います。大変なのであれば、人間の感覚に頼ってまでもそこまでこだわらなくてもいいのでは? 職人を希望する人が減っている、職人を育成するのは難しい、であればどんどん自動化してしまえばいいのでは? しかし、ここで考えなければならないことは、その先にはどんな未来があるのか? 日本の未来に何を伝承すべきなのか? 何を残すべきなのか? ではないでしょうか。

 シンプルな装置を使いこなし、原理原則を理解し、無理難題にもチャレンジし成功させる中にこそ、大きな喜びがあるように思います。この部品を使う人のことを思って、この装置が生み出す製品が世の人々にもたらす価値を思って、未来の日本のものづくりのあり姿を思って、目の前の加工という仕事に心を込め、外からは見えない部分にもこだわり仕上げることこそが、最高品質を生み出し、次世代にも受け継がれ残っていくものづくりなのだと思います。これが「日本人の持つ志」ではないでしょうか。

 ある方の講演で「骨董品とガラクタの違い」についてお聞きしました。ものづくりの際に職人が目に見えない細部にまでも魂を込めて仕事をしたかどうかが、時間が経った時に骨董品になるかガラクタになるかの差につながるとのことでした。ただ形を作れば良い、自社の利益だけを優先し品質にはこだわらない、次世代へと技術を伝承することに興味はない、人は育てなくても機械化すれば良い、そんな思いで企業活動を続けた先に、企業の存続はあるのでしょうか。高い志と高い技術力が日本の未来を作り出しているように思います。

 それにしても、なぜ私たちは目の前の仕事に向き合い、最善を尽くし、そこにやりがいを見出し、誇りを持って取り組めるのでしょうか。海外旅行に行く度に感じること、それは労働観の違いです。日本における交通機関の時間の正確さはすごいですね。その品質保持のために労働力やシステムなど多くのコストがかかっていることを考えると、過剰品質のような気もしますが、何よりも、そこに働く人たちの志がその品質を高め、継続的な提供につながっているように思います。
先日海外の観光地で循環バスに乗車した際のことです。行きたい停留所にこのバスが停まるかを念のため確認すると、バスのルート案内には記載されている停留所にもかかわらず、このバスはそこには寄らないとのこと。日本であれば、時刻表があり、その旨が表示されていると思います。しかし、運転手さんは、「これから○○停留所に戻ってランチタイムなんだ、そこで降りて他のバスに乗り換えてくれ。」と言って、何のアナウンスもなく良くわからないままに全員が降ろされました。日本では無いだろう状況です。契約に忠実であり合理的な仕組みだと思う反面、日本人ならどうするのだろう?と思いました。バスの運転手さんの勤務時間が終わるのならば、バス停で運転手が交代するとか、運行ルートが違うことを表示しておくとか、日本ならば他の対応がとられそうですが、ここでは、乗客を乗せたまま寄るはずの停留所をパスしてランチ場所へ戻ってしまうという、なんともわかりやすい、シンプルな仕組みなのでした。ここではどちらが良いかという話ではなく、考え方の違い、労働観の違いから「日本人らしさ」とは何かを改めて感じ考えたという話です。

 日本人にとって誰かのために骨身を惜しまず働くことは美徳であり、契約の範囲で、お金のために働くだけではないように思います。日本人の労働観は、目の前の人に笑顔になってもらうことが働くということであり、喜んでくれている人よりもその本人はもっと幸せであると感じることなのではないでしょうか。誰かのために、未来のために、目の前のことに向き合い、心を込めて取り組んでいきたい、それが日本人の労働観であり、「志」の表れだと思うのです。今一度、日本人の持つ志を見直したいと思います。

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■執筆者プロフィール

中川 普巳重(なかがわ ふみえ)
(公財)京都高度技術研究所 地域産業活性化本部 コーディネータ
福岡大学 産学官連携センター 産学官連携コーディネーター 客員教授
(一財)九州産業技術センター 九州地域新産業戦略に基づくイノベーション
創出事業 コーディネータ
中小企業診断士、ITコーディネータ、(財)生涯学習開発団体認定コーチ