天文グッズのマーケティング戦略 / 杉村 麻記子

先日、「カンブリア宮殿」というTV番組で、天体望遠鏡メーカーであるVixen(ビクセン)社の特集を見る機会があった。天体写真を趣味としていている私自身にとって大変興味深い内容であった。本稿ではその内容も踏まえて、天文グッズのマーケティング戦略について考える。


【日本の天文グッズ市場とその特徴】
天文グッズは「写真撮影用」と「観望用」の2つの目的に分けることができる。(もちろん兼用ができるものもあるが)
天体写真撮影は、デジタル技術の進展とともにここ15年ほどで飛躍的に進化し、銀塩時代には撮影が困難であったような淡くて小さな天体も写るようになった。その結果、撮影のための望遠鏡やそれを支える土台となる赤道儀に求められる精度も非常に高くなり、ハイアマチュアが使う機材は、昔の天文台並みの性能を有したモノとなっている。

そもそも日本の空は天体写真にはむいていない。天体写真に求められる環境は、「暗い空」「安定した天気」「安定した気流」「高い透明度」などだが、どこへ行っても明るい街灯があり、四季折々の天気と、上空を流れるジェット気流、昨今はPM2.5などの影響もあり星を見る環境は年々悪化している。

広大な広い土地にある自宅から素晴らしい空を眺められる海外とは違い、日本では車で遠くの山の中に移動して、望遠鏡や赤道儀などの重い機材を運ばないと天体写真撮影や観望が楽しめない。そのため、いつでも、だれでも、どこでも楽しむ趣味として認知されているとは言えない状況だ。

そのような背景もあり、天文グッズの主な顧客は40代以降の男性となっている。

小学生や女性にとっては、趣味を深めていくのはハードルが高いようだ。
小学生の理科で星の勉強をし、天体望遠鏡が欲しい!と願って、サンタさんにプレゼントしてもらったとしても、結局うまく扱えず、期待したような観望ができないまま、部屋の片隅に置いたままになってしまった・・といった子供たちもいるのではないだろうか。

天文グッズの市場規模がどのくらいかは不明だが、大彗星の接近や金環日食などの天文ショーで特需があるときを除いて、市場としては一定規模から年々縮小していくような状況ではないかと思う。

【日本の天文グッズメーカー】
そんな日本市場の主なプレイヤーは、「タカハシ(高橋製作所)」と「Vixen(ビクセン)」の2強となっている。
以前はカメラメーカーであるPentaxやNikonなども望遠鏡を作っていたが現在は撤退し、接眼レンズ(アイピース)などの一部光学部品のみを提供している。
またトミーテックが野鳥撮影もターゲットとした「Borg(ボーグ)」を展開し、海外からは、「Celestron(セレストロン)」や「Sky-watcher(スカイウォッチャー)」など日本代理店が攻勢をかけてきているが2強の牙城は崩せていない。

2強の1つであるタカハシは、高性能機器をそろえたハイアマチュア向けに特化した製品を提供している。製品の価格帯は数十万~百万円と非常に高額であるが、その性能の高さから中古市場においても高額で取引されるなどほとんど値崩れがしないほど支持を得ている。
もう一方のVixenは、入門モデルから中級むけ、さらにハイエンドの商品と天文ファン層を広くカバーする製品を取り揃えている。主な売れ筋は入門機器~一部の中級モデルとなっている。
中級モデルには、製品ラインナップやターゲットが同じ海外製品と競合している。
さらに入門者むけのモデルは安価な望遠鏡モドキ?と競合する状況だ。Vixenの入門モデルは、使いやすく、性能も十分でコストパフォーマンスが高いといわれている。残念ながら購入を検討しているお客様が十分な商品知識がないまま、安かろう悪かろうの商品と比較をしてしまい、単純な価格競争に陥ってしまう。


【VixenのChallenge】

天文グッズ市場は、Vixen社にとって、ハイアマチュア、中級、入門モデルすべてのセグメントにおいて、市場の成長や競合状況から厳しい状況であることは前述のとおりである。その中でいかに新たな市場を生み出し、アプローチしていくかが課題となる。
打開する方策の一つとしては、ターゲティング(標的市場の細分化)と、新たな市場に対するアプローチとポジショニングとなる。ポジショニングとは、自社の製品独自の位置(ポジション)を築き価値をお客様に認めてもらい、競合他社に対して優位に進めることである。
天文グッズの市場は40代以降の男性が中心となっていて大きな成長は見込めない中、市場を細分化しVixenが新たなターゲットとしたのが女性やアウトドア派の家族である。新たな市場を開拓するにあたり、どのような商品を提供すれば、お客様が価値を見出してくれるのだろうか?

【モノからコトへ】
 天文グッズとしての双眼鏡は、大きな対物レンズで、かつ広い視野をカバーし高い高額性能を有する機種が高級な商品となる。手で持ってみるというよりは、三脚などに固定してみることを前提とした機種も多い。コンサートや観劇で使われるオペラグラスは、視野も狭く星空を観望するのには向いていない。
また、天文専門店ではないところに売られている廉価品は高倍率をうたったものなども多いが、夜に天体を見るには使えない。
このように星空を見上げるのに適した双眼鏡は、女性から見て黒や白を基調とした大きくて重たく、取っつきにくく扱ってみたいとは思えないものが多かった。
Vixenはコンパクトで取り扱いやすいタイプで、ピンクやグリーン、イエローなどカラフルな色を選べる「ソラプティLite」を発売した。
ターゲットにフィットした商品を開発したことに加えて、年間200回以上の天体イベントに望遠鏡をもって出かけ実際に星を見てもらう体験をしてもらう戦略をとった。
双眼鏡という「モノ」を売るのではなく体験型のイベントを全国で開催し実際に見て空を楽しむ「コト」を提供することで新たなファンを獲得していく。まさに「モノからコトへ」の転換である。おしゃれに宇宙を楽しむ女性を「宙(そら)ガール」と呼び、様々なグッズの販売やイベントに携わっている。なおこういった星空をテーマとしたイベントは、これまでも素晴らしい星空が自慢の光害が少ない地域で開催されているが、今回は女性が集まるような集客しやすい場所で開催されているのも特徴だ。(京都の場合は嵐山など)
 この戦略が功を奏してこの「ソラプティLite」は、若い女性を中心に大ヒットした商品となった。


【今後の戦略について】
 このように、ターゲティングと自社のポジショニングチェンジ、モノからコトへのマーケティングによって、Vixenは新たな市場開拓に成功した。
さて今後新たに獲得したファンにもっと関係を深めていくためには何が必要か?
私なりに考えてみた。
 ・観察から撮影へ
素晴らしい星空を見れば次はその風景を写真におさめておきたいというニーズがでてくる。簡易望遠鏡や双眼鏡と、iPhoneやAndroidのスマホをつないで、お月様の拡大写真などを簡単に取れるグッズがあれば便利である。宙ガールが自分のスマホで撮影した月や星の写真をソーシャルメディアなどで公開すれば、口コミでひろがるかもしれない。
 ・ベランダからの天体観測グッズ
双眼鏡からもう少し本格的な望遠鏡などの機材を使ってみたいと思っても、機材を運ぶ車がなかったり、天体観測は天気のいい夜に行わなければならないので、いくらお休みの日に準備をしていても天気が悪いと観測に出かけることができなくなる。そこで平日でも自宅の庭やベランダからちょっと星空を見上げられるようなコンセプトの望遠鏡があれば、星空の楽しみ方も広がってくるのではないだろうか。

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■執筆者プロフィール

杉村 麻記子(Makiko SUGIMURA)
中小企業診断士・ITコーディネータ

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