1.はじめに
申年の日本経済は、“年初より株価の異常な下落、石油価格の急落、中国経済の停滞”など不安要素が満載である。その上“1000兆円を超える国の財政赤字、破綻間近の年金制度”の時限爆弾も抱えている。もはや誰も企業の統廃合・倒産・事業撤退とそれに伴う“リストラのリスク”と無縁ではいられない。勝者と敗者の格差は広がる一方であるが、“ピンチ”でなく“チャンス”と考えるべきである。
この様な環境の中でIT業界は難しい岐路に立っている。人気が振るわず新卒の就職希望者は低下しており、他業界への転職希望者も増加している。ITC京都にはIT業界に関係する会員が多いが、人生設計を真剣に考え直す時期である。
2.“時代に流されてきた”サラリーマン人生
私は団塊の世代の前期高齢者(65歳~74歳)で人生設計を見直すには少々手遅れである。サラリーマン人生を思い起こすと、バブル崩壊までは順調であったが、バブル崩壊以降は苦労の連続であった。
・IT業界に長期間勤務(50歳半ばで窓際族、リストラで退職)
・米国外資系企業に勤務(能力不足で、外国企業文化に適応できず退職)
・政府系外郭団体でキャリアコンサルタント(事業仕訳で事業が中断)etc
その時々はベストを尽くしたつもりでも、今振り返ると“時代に流されてきた”というのが残念ながら率直な感想である。
3.高度成長期における日本経済の“光と影”
“光”として、バブル崩壊までは3種の神器(終身雇用、年功序列、企業内組合)に守られ、定年までの生活は安心と楽観(錯覚)していた。当時IT業界は順調に成長しており、リスクを恐れず前向きに“それ行けドンドン“で挑戦した者が勝者となった。
“影”として、大規模なリストラのない反面、中高年を大量に抱えこんでおり固定費が大きくなっている。そのために大胆な変革が難しい。人材育成の面では、“根回しや気配り上手な”ゼネラリストばかりを育成し、現場で金を稼げるプロフェッショナルを育成できていなかった。
IT業界における今後の課題は、建設業界とよく似ている。ピラミッド構造が定着してしまい“イノベーション競争”ではなく“価格競争”が続いている。そのために社員は6K職場で気力や体力を消耗してしまっている。今後米国のGoogleの様な新しいビジネスモデルが本格的に普及すると、一気に倒産ラッシュになりかねない。
4.グローバルスタンダードと日本の企業文化
2000年に国際会計基準が日本に導入された。バブル崩壊後の混乱の最中に、冷静な評価をせずに欧米の手法をそのまま取り込んだ。グローバルスタンダードには日本の企業文化に合う面(薬)と合わない面(毒)の両面がある。
振り返ると、明治時代は和魂洋才で西洋の長所を巧みに取り入れていた。バブル崩壊以前、会社は“社員のもの”という意識が一般的であったが、一転して“株主のもの”となった。“社員を重視”してきた経営者が“株主を重視”する経営者に急変した。従来からの“日本的経営の良い面”が否定され、結果として“業績赤字=リストラ”となっていった。
5.キャリア形成の必要性
日本的雇用制度は、「社員本人の意志とは関係なく、仕事の内容・勤務地は会社が決める。その代わり報酬・雇用は会社が保証する」という“ローリスク・ミドルリターンの安定した金融商品”であったが、それがハイリスク・ローリターン化している。従来の会社に依存した人生設計「安心した生き方」が現在では難しくなっている。
ビジネスパーソンは「バックボーンとなるキャリア」を形成する必要がある。
プロフェッショナルとしてのキャリア形成が重要となる。どのようなプロフェッショナルを目指すかは、本人の性格、生き方、経験、収入・資産、人脈、年齢、家族、健康状態等により様々である。そもそもプロフェッショナルとは何か。発祥地である欧米では “A professional is a person who is paid to undertakea specialized set of tasks and to complete them for a fee.”とシンプルに定義されている。欧米は契約社会なので契約をきっちりこなして報酬をもらう。
低コンテキストで自己責任の世界である。高コンテキスト社会の日本では、IT業界におけるプロフェッショナルを次の様に定義できる。
(1)雇用主からの独立性を保つ
勤務している会社だけでなく、顧客に対しても高いロイヤリティを持つ。つまり会社の人事評価だけでなく“顧客の満足度や信用”を重視する。顧客や会社との関係は上下関係ではなく“水平関係”であり、少なくとも会社にベッタリと依存しない。
(2)匠の技により、オンリーワンのドメインを確立する
誰でもできる仕事(作業)と自分しかできない仕事(ノウハウ)を分離する。
細分化された仕事を受動的にするのではなく、自分しかできない価値(能力、ノウハウ、経験)を提供する。日本の“職人魂”も評価されるべきである。
(3)安定した収入を確保する
柱となる複数の重要顧客を確保して、安定収入を得る。人脈と資格を活用して常にネットワークを充実しておく。
(4)欧米のグローバルスタンダードとなっている技法を理解・習得する プロジェクトマネジメント(PMBOK)、システム監査(COBIT)等、体系的なフレームワークをグローバルビジネスに適用する。
6.おわりに
キャリア形成は、長期的に広い視野で捉える必要がある。画一的なアプローチ手法があるわけではない。将来の予見が難しく5年後さえ思い浮かべることは難しい。デジタル化がもたらす革命(The digital transformation of industry)により、現在の職種の多くは消滅し、新しい職種が誕生するとも言われている。
日常の仕事の体験から自分の性格に合った“ドメイン”を決めて、オンリーワンになるべく自分の未来に“時間と金”を投資すべきである。“真のプロフェッショナル”にならないと生き残れない厳しい世界である。
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■執筆者プロフィール
坂口 幸雄
・ITベンダ(中国・東南アジアで日系企業の情報システム構築の支援等)
・JAIMS日米経営科学研究所(米国ハワイ州、ホノルル)、
・外資系企業
・海外職業訓練協会
・グローバル人材育成センター
・ITコーディネーター京都 会員
資格: ITC、PMP、PMS、CISA