デザイン思考による新製品開発と従業員意識改革の事例 / 山口 透

 3月7日のコラムで「デザイン思考の潮流」というタイトルで清水多津雄さんが取り上げていますが、最近デザイン思考が非常に注目されています。
 デザイン思考とは、アメリカのデザインコンサルティング会社であるIDEO(アイデオ)社によって提唱された商品開発手法で、デザイナーがデザインをするときの考え方を体系化したものです。

デザイン思考は、原則として以下の5つのステップで商品を開発します。
1.共感
 インタビューや行動観察を行い、消費者自身が意識していないニーズに気づくことです。
2.課題設定
 共感で得られたニーズから、消費者が抱える本当の課題を設定します。
3.アイデアの発散と収束
 ブレーンストーミングなどの手法を用いて、課題の解決方法についてアイデアを発散したあと、幾つかの視点からアイデアを収束させます。
4.試作
 作り手と消費者の双方が課題解決のイメージを共有するために、必要最小限の試作品を作ります。
5.検証
 試作品を消費者に実際に使ってもらい、消費者がどのような体験や感想を持ったかのフィードバックをもらいます。

 これら5つのステップを素早く何度も繰り返すことで、消費者が意識していなかった本当にほしい商品の開発ができるのです。

 なぜ、デザイン思考が注目されているかという点は、清水多津雄さんのコラムを見ていただくとして、ここでは、実際にデザイン思考を使った新製品開発のワークショップを行った事例を記します。
 (新製品開発中のため、あまりはっきりと商品の内容は記載できないことはお許しください)

 ワークショップを行った会社は、ダンボール紙を仕入れ、ダンボール箱にして出荷するBToBの会社です。

 まず、現状をヒアリングすると、以下の点が浮き彫りになりました。
・社長は「何かを創って届けたい」という想いが強い
・新商品を開発し、BtoC事業に取り組んでいるが伸び悩んでいる
・新商品開発したいが従業員に考える力や売る力が不足している(と社長が感じている)

 これまでの商品開発は、市場調査を行ってから開発するのではなく、自社の技術と社長のアイデアを組み合わせて開発したものでした。
 そこで、デザイン思考を活用した新製品開発のステップを体験してもらい、今後も自社で継続して新商品を開発する力を身につけるためのワークショップを開催しました。

 具体的には、以下の3点を重点的に行いました。
・デザイン思考(特に共感、発散と収束、試作、の3プロセスを意識する
・このプロセスを早く何度も繰り返すことで商品の開発やブラッシュアップができることを体感する
・現在すでに販売している製品を試作と見立ててデザイン思考のプロセスを実践する

 ワークショップは、2回に分けて行いました。

 1回目は、「何を試作するかを決める」ことをゴールにしました。
 まず、すでに販売している製品「猫の爪とぎ(分厚いダンボール用紙を張り合わせた平面の板状の製品)」を使っている時の写真をあらかじめ撮影し、全員で見ながら気づきの共有を行いました。
 はじめに参加者全員でアイデアを出し、付箋に記述していきました。アイデアの収束は付箋のグルーピングを中心に行い、「実用性」「有用性」「革新性」の観点から試作できそうなアイデアを抽出していきました。またアイデアの発散と収束を行っている過程で、「猫の爪とぎ」は使用している猫が楽しそうにしているのはもちろん、それ以上に「猫が楽しそうに遊んでいるのを見ている飼い主が楽しいかどうか」が大事である、という気づきも得ました。
 1回目のワークショップは、これらの気づきをもとに、平面の爪とぎに継ぎ目を付け、組み合わせにより箱状や大きな爪研ぎタワー、爪研ぎハウスなど飼い主が好きな形に変えられる製品を試作をするという宿題を設定して終了しました。

 宿題とした試作は、通常の業務を行いながら、2週間で作ることができる範囲としました。出来上がってきたものは、作り手としては満足いかないものですが、使用感を確認するには十分でした。また、この使用状況を動画撮影していました。

 2回目のワークショップは、撮影した動画を見ながら意見を出し合いました。定点撮影などで撮られた動画は、猫がうろうろと通り過ぎる様子や商品の上に乗っている様子などを見ることができました。
 前回同様に、検討のしながら得られた気づきを付箋に記載して模造紙に貼り付けアイデアを発散し、グルーピングにより収束しました。

 このアイデアの発散と収束している途中で、メンバーの一人が、手にしていた爪とぎの平面のパーツを何気なく丸め「こんな形はどうですか?」と発言しました。この方は、これまでそれほど積極的にワークショップに関わっていないと、誰もが感じていた人でした。しかも誰も丸めるという行為をしていなかったことや、ドーム型や筒型の爪研ぎも欲しいというアイデアもあったため、「すごいじゃ
ないか!」という声とともに発想が一気に広がり、次の試作品のアイデアが固まりました。

 今回は、デザイン思考のプロセスを1ヶ月間で2回実践しました。特に「試作は品質に不満足があっても、目に見える形でつくる」ということが新たな発想につながるということが実感できたことが大きな成果でした。
 後日社長から「ワークショップ終了後も、従業員が試作品の形状や販売方法のアイデアを出し合っている」「自発的に会議をやろうと考えるようになった」などの従業員自身の行動の変化があったという感想をいただきました。従業員に「考える力」つき始め、「従業員のモチベーションが上がったと感じられる」と好評でした。

 このようにデザイン思考を使ったアプローチを取ってみると、新製品開発だけでなく従業員の意識改革につながるようです。
 次回は、この思考を発展させた取り組みをご紹介いたします。

(このコラムは、「大阪府中小企業診断協会 デザイン経営研究会」の事例を元にしています)

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■執筆者プロフィール

山口 透(やまぐちとおる)
流通業や製造業に対して、IT戦略策定支援やバランススコアカードの導入、
経営改善指導などを行っている。中小企業診断士、ITコーディネータ、システムアナリスト