●最近、業界紙のみならず一般紙の新聞紙上を賑わしている記事に、AI(人工知能)関連のものがあります。記憶に新しいところでは、最も複雑なゲームと目される囲碁の分野で、世界で最も強い棋士の一人と言われている韓国の李セドル九段が、米国IT企業グーグルが開発したAIシステム(アルファ碁)に、4勝1敗のスコアで負け越したという記事があります。囲碁は、将棋と違い、局面数が天文学的にあり、AIが人間を負かすには、まだまだ相当な時間がかかるだろうと大方の専門家が予想していたのですが、その予想をあっさりとアルファ碁が覆してしまいました。この歴史的瞬間に世界は衝撃を受けました。
●AIは、コンピュータに人間の知能と同じような機能を持たせるシステムです。それを実現するために、ものを画像としてとらえたり、会話を音声情報としてとらえ、解析したりする機能や、そのような情報から人間のように、状況を理解し、次にどのような行動をするかという判断能力を持たせることが必要です。この研究は、戦後、コンピュータの技術進歩に応じて、特に情報科学の研究者によって進められてきました。そして、現在に至るまで、今回のAIブームを含め、3回のAIブームがあったと言われています。
●第一次AIブームは、1956年頃から1970年頃までとされています。この時代、汎用電子式コンピュータが誕生し、それを目の当たりにした科学者たちは、これを使って、人工知能が実現できるのでは、と考えました。そして、問題として迷路を抜けるルートの探索や、簡単なパズル(ハノイの塔)等を計算機に解かせ、人間の知的行動を模擬して、その未来に夢を与えました。ここで取り組まれたのは、本質的に人間に比べ圧倒的に早い計算能力をベースとして、膨大な組み合わせを効率的に当たっていくという「探索」「推論」方法でした。この方法は、簡単な問題だとうまくいくのですが、問題が複雑になって、組合せ数が膨大になると計算機の手に負えなくなる事がわかり、当時のAIの限界が認識されブームが萎んでしまいました。
●第二次AIブームは、1980年代から90年代前半に起こりました。問題を解くためには、「知識」が必要だ、ということで、専門家の知識を、ルールという形で、コンピュータの言葉で表現し、それを蓄える事で問題に対処する革新的なシステムが開発されたからです。当時、このような知識を備えた「エキスパート」システムの研究開発がブームとなり、米国企業が熱心に当時のエキスパートシステムを導入したり、日本では大規模な国家プロジェクト「第五世代コンピュータプロジェクト」が実施されたりしました。しかし、このブームも、人間のもつ知識の膨大さや、暗黙知という形式表現できない知識の存在が認識されるにつれ、その機能の限界が明らかになり、AIは夢物語とされ、ブームは再び去った
と言われます。
●さて、今回は、2000年代から始まり、現在にいたる第三次AIブームの只中にあります。今回の特徴は、「機械学習」という機能が開発され、飛躍的に機能が進化した事に起因すると言われています。知識を人間が形式化し、機械に与える場合は、その質と量の両面でどうしても限界があります。今回は、そのような知識獲得を、機械自らが、経験を通して試行錯誤して学習し、身に着けていくという機能が新たに開発されました。極めて、生物的な発想ですが、それがうまくいき、冒頭述べた、囲碁の世界や、現在話題の自動車の自動運転の世界などの極めて人間の機能に近い分野においても、かなりの成功を収めつつある、というのが、現在の状況だと思います。
●では、第三次AIブームでは、過去2回とは異なり、本物で産業的にも実用性の高いシステムが出現するのでしょうか。未来を予測するのは大変難しい作業ですが、筆者は、3度目の正直、即ち本物ではないか、と感じています。今回は、前回と異なり、計算機速度の飛躍的向上と相まって、インターネットの技術革新によるビッグデータの利用環境が格段に改善されている事、そして、学習機能として、生物の学習機能を模擬した、「ディープラーニング(深層学習)」という、非常に強力な機械学習アルゴリズムが開発された事などがその理由です。そして、このアルゴリズムを使ったアルファ碁が、世界一級のプロ棋士を負かしてしまった。このような状況を見ていると、AIの世界で、本質的な変化が起こったのではないかとの感を強くします。
●話は、いささかSF的になりますが、AIの急速な発展の現状を踏まえ、アメリカの著名な実業家レイ・カーツワイル氏が、このままAIが進歩すると、人間の知能を、AIシステムが越えてしまう、技術特異点(シンギュラリティ)が到来すると主唱しています。これは、AIが自分の能力を超えるAIを自ら作り出すことができるようになる地点を指し、2045年に到来すると、カーツワイル氏は明言しています。その信憑性や確度は別として、今回のAIブームは、産業界の多くの大手企業のトップが、AIの研究開発や事業化に真剣に取り組む意向を表明している事をみると、前回のブームとは異なり、かなり実用性の高いシステムが構築されてくるのでないかと思えます。いずれにせよ、今後のAI技術の行く末はビジネス的に、非常に大きな注目点であるといえましょう。
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■執筆者プロフィール
馬塲 孝夫(ばんばたかお) (MBA)
ティーベイション株式会社 代表取締役社長
(兼)大阪大学 産学連携本部 特任教授
(兼)株式会社遠藤照明 社外取締役
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