デザイン思考を理解する一つのポイント / 清水 多津雄

「デザイン思考」について本を読んだりしてみても、もうひとつピンとこないという方も多いのではないかと思います。私もよくわからなかったのですが、一点だけ、「ここがポイントかな」と思うところがあって、自分なりには大分焦点を結ぶようになってきました。

 

それは何か?

まず、「人は互いに分かり合えない」ということ、もうひとつは、「自分のこともよくわからない」ということです。この2つがデザイン思考の根本にある、と。

 

どういうことか?

逆を考えてみましょう。互いに考えていることがよくわかっている、自分の考えていることもよくわかっているというのはどんな状態でしょうか。たとえば高度経済成長期。あの頃は隣の家がカラーテレビを買えばうちも買う、クルマを買えばうちも買う、という時代でした。隣近所、欲しいものが同じ。当然、何が欲しいか互いによくわかっていました。もちろん、「いつかはクラウン」といった

各自の欲望もよくわかっていました。だから企業もややこしいマーケティングをする必要があまりなかったのです。

 

しかし、その後人々の趣味嗜好も多様化し、クルマにしても、ハッチバックの好きな人、スポーツタイプの好きな人、SUVの好きな人と様々に分化していくことになりました。クラウンはさえないオヤジグルマになるとともに、互いに「あんなクルマのどこがいいんだ?」と理解不能になりました。

 

何が起こったのでしょうか?

高度経済成長時代には「豊かになる」ということで人々のベクトルや生活文脈が一致していました。しかし、豊かさを達成するにともない、本格的なアウトドアライフを志向する人、気軽なレジャーを楽しみたい人、家族中心の生活をする人など、生活文脈が分断していきます。同じクルマと言っても、属する生活文脈が異なれば、意味も全く違ってきます。こうして互いに理解できなくなるわけです。

 

このような変化に伴って、企業は消費者全体へ向けた大量生産ではなく、顧客セグメントを絞った多品種少量生産へ舵を切らざるを得なくなります。本格的なマーケティングの時代に入るわけです。

 

しかし、そうした時代も大きな転換点を迎えています。クルマで言えば、最近では「そもそもクルマに興味がない」という人たちが出てきています。生活文脈の中でクルマが重要な意味を持たない。クルマだけでなく、そもそもモノにあまり興味がない。SNSで人とつながったり、ゲームをしたり、友達とまったりしたりと、価値構造が大きく変わってくる中で、モノは必要最低限でいいというわけです。ということで、何度市場調査をしても「クルマは日常の足になれば何でもいい」といった答えしか返ってこないといったことになるでしょう。

 

いまや消費者は、互いによくわからないだけでなく、自分でも欲しいものがよくわからなくなった。まして企業に、消費者の欲しいものなど、わかるわけがない。従来であれば、だいたい顧客セグメントごとのニーズがわかっていて、市場調査で検証し、その結果からヒット商品の要素を論理的に導き出し、商品を作るといったことが可能でした。「だいたいわかっていた」のです。それが「何もわからない」ということになったのです。

 

実は、この何もわからない状態こそが、デザイン思考の出発点なのです。デザイン思考はここから始まります。

 

この点を押さえておけば、デザイン思考がなぜ行動観察や体験、共感を重視するのか、断片的情報の収集や ブレスト、プロトタイプやテストを繰り返すのか、その意味が見えてくるんじゃないかと思います。たとえば、行動観察をするのは当人さえ気づかないような意外な振舞いを見出すためです。断片的な情報を収集するのは、見通しのいい仮説がなく、とりあえず系統だって情報を集めることが不可能だからです。プロトタイプとテストを繰り返すのは、いくらアイデアを出

しても、何が正解かは特定できないので、実際に何度も確かめてみる必要があるからです。

 

確かに「日常の足になれば何でもいい」という答えしか返ってこなければ、クルマは作りようがないでしょう。しかし、それならその人たちの行動を観察し、どんなふうに日常移動しているのかを記録し、そこから思いもよらない発見をし・・・と進めていけば、「クルマって、こんな便利なんだ!」という感動を移動体験の中に呼び起こせるかもしれません。(たぶん、Uber、さらには自動運転車はこんな文脈の延長線上にあるのではないかと思います)。

 

もちろん現在でも、市場調査・・・的商品づくりは盛んかと思います。しかし、それは「だいたいわかっている」という平均的理解に基づくため、コモディティ化した商品を生み、いたずらに低価格競争を引き起こしているのではないかと危惧します。本当に消費者が「こんなすごいものがあったのか」と驚くような価値ある商品は、「何もわからない」を乗り越えたところにあるのではないでしょうか。

 

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■執筆者プロフィール

 

清水 多津雄

ITコーディネータ

企業内ITCとしてITマネジメントに従事

大学・大学院での専攻は哲学。現在、オートポイエーシス理論、とりわけニクラス・ルーマンの社会システム理論をベースに企業で役立つ情報理論&方法論を模索中。

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