The Imitation Game ~齧りかけの林檎~ / 上原 守

昨年はチューリング賞50周年だったそうです。

情報処理学会の学会誌で特集が組まれていて知りました.このところPM関係のお話が続いたので,少し気分を変えてIT関係のお話にします.

 

アラン マシスン チューリング(1912年6月23日~1954年6月7日)は英国の数学者で,その名を冠した「ACMチューリング賞」は,コンピュータ科学分野のノーベル賞と言われる権威ある賞です.残念ながら,これまでは日本人の受賞者はいません.

ACM(Association for Computing Machinery)は,米国に本拠を置くコンピュータ科学分野の国際学会です.チューリング賞の賞品は,最初の頃はクリスタルグラスだけだったそうですが,今はGoogleがスポンサーになっていて,受賞者には100万ドルの賞金が贈られるそうです.ACMのHPにも特集が組まれています.

http://www.acm.org/turing-award-50

 

■イミテーション・ゲーム

映画の「イミテーション・ゲーム」は,チューリングが率いる暗号解読チームが,第二次大戦でナチス・ドイツが使用していた暗号機「エニグマ」の暗号を解読したお話です.主演はベネディクト・カンバーバッチ,助演にキーラ・ナイトレイ(綺麗 !)で,非常に面白い映画になっています.題名の「イミテーション・ゲーム」は,後述しますが「チューリングテスト」で,対象がマシンか人間かを判断するゲームです.

ナチス・ドイツはエニグマに絶対的な自信を持っていて,終戦までエニグマの暗号が解読されているとは気づかなかったそうです.これは映画にも出てきますが,解読に成功したことを気付かせない「戦略」を取り,確率的に計算した戦闘においてのみ勝利を得るという「戦術」が功を奏したのだと思います.

もし,暗号が解読されていることを気付いたら,敵軍はすぐに暗号方式を変更します.そうするとまた解読に時間がかかってしまい,優位性が失われます.残念ながら見捨てられた戦闘で命を落とした兵士も沢山いると思います.

戦争は残酷です.

映画の冒頭では,英国情報部の人間がエニグマのせいで死んだ兵士の「家族が悲しむだろう」と言いますが,エニグマの解読に成功した終盤では,500人の民間人が乗る船団を見殺しにします.「我々の仕事は旅客船団の救出ではない.戦争の勝利だ」というセリフがあります.

大戦後,英国はこのエニグマをインドとかの旧植民地に提供して,使用を推奨した(暗号筒抜けです)という後日談もあります.

 

■チューリングマシン

これはチューリングが考えた,仮想マシンです.

無限に長いテープと,テープの記号を読み取って内部の状態を変える「オートマトン」から構成されます.計算機を数学的に議論するためのもので,この機械で全ての「計算」ができます.

「チューリング完全」という概念があり,これを満足しているコンピュータ言語は,計算可能な全ての計算ができます.言語の設計者はこれを意識していると思います.

 

■チューリングパターン

これは,反応拡散方程式によって書き出される「パターン」が自然界に存在するという理論です.逆の言い方をして,自然界の「パターン」は方程式によって導き出せると言った方が良いかもしれません.動物の体表の模様などで,実際に実験的に確かめられています.

チューリングは,模様だけでなく「形態」も方程式で導き出せるのではと考えていたようです.ひょっとすると,実際の「進化」はこういった方程式で表すことができるのかもしれません.

 

■チューリングテスト

マシンに「知性」が存在すると言えるかという判断テストです.映画の中にも出てきます.

チューリングは,マシンの「知性」と人間の「知性」は違うだろうと考えていました.実装面から考えても,人間の知性は神経細胞のネットワーク上のどこかに存在すると思われますが,マシンの「知性」は人間によって特定のマシン上かマシンのネットワーク上に意識的に作られると思います.

ある人間(A)が,匿名の他の人間(B)とマシン(C)と,例えばキーボードやモニターを通じて対話します.Aから見て,BもCも区別がつかない場合,このマシン(C)はチューリングテストに合格したことになります.

私も,マシンの「知性」のあり方は人間の「知性」とは違うと思います.そもそも人間の「知性」が神経細胞のネットワーク上にどのように実装されているのかは,良く分かりません.

「知性」を定義するのは難しいです.ですから,「知性」が何かという問いからではなく,外部からの観察によって判断しようという考えです.

R.A.ハインラインの「月は無慈悲な夜の女王」ってSFに出てくる「マイク」というコンピュータを思い出します.ひょっとすると,ハインラインはこの本を書くときに,チューリングテストを知っていたのかもしれませんね.

もしそういったマシンが実現できたら,その時点が「シンギュラリティ」になるのかもしれません.

マシンの「知性」は,ひょっとするとマシンのネットワーク上のどこかに自然発生的に産まれるかもしれません.これは想像すると怖いです.映画「ターミネーター」の世界ですね.

人間の「知性」が善悪判断をどのように学習するのかが良く分かりません.

映画「イミテーション・ゲーム」のセリフに「我々の仕事は旅客船団の救出ではない.戦争の勝利だ」とあるように,「我々の仕事は人類の存続ではない,地球の存続だ」とか考えはじめると…

 

■暗号というもの

エニグマは,いわゆる換字式の暗号でした.秘密鍵方式ですので,送信側(暗号化側)と受信側(復号化側)は同じ鍵を使います.映画ではこの「鍵」をどのように見つけるかが問題になります.その暗号鍵は毎日0時に変更され,最初の通信が行われるのは午前6時頃です,したがって,暗号を解くのには18時間しかありません.

シンプルな方法では,例えば英語では「e」が一番多く出てきますので,一番多く出てくる文字を調べるというアプローチがあります.映画でも暗号解読チームはその方法を試しているところが描かれます.しかしエニグマは,同じ文字でも1回目と2回目では違う文字を出力します.組合せは159×10^18通り(計算できません)になるそうです.

単純化すると,暗号は鍵の長さで強度が決まります.

暗号は,ブルートフォース(総当り)攻撃を考えれば分かるように,基本的には時間をかければ必ず解けます.その情報が価値を持っている間に暗号が解けなければいいだけです.たとえば,暗号を解くのに最大50万年,平均25万年かかるような暗号があれば,暗号として充分な強度があります.しかし,コンピュータ

の性能向上に伴い,10年前には50万年かかった解読期間が,5万年になり,2万年になり…というふうに短くなっています.

今は,公開鍵暗号方式が広く使われています.

これは暗号化に使う鍵と復号化に使う鍵が違う方式です.暗号化に使う鍵では復号化できません.例えば,私の公開鍵をメールアドレスにして,インターネット上に公開します.私に対して秘密の文章を送りたい人は,私のメールアドレス(公開鍵)を使って暗号化した文章を私に送ります.私は自分の秘密鍵を使ってその文章を復号化して読める文章にします.

私は自分の秘密鍵を管理すればいいだけです.秘密鍵暗号方式では,相手毎に秘密鍵を管理する必要があります.エニグマの暗号が破られたのは,毎朝0時に秘密鍵を送信していて,その時に同じ文字列を使っていたので,電文自体がヒントになりました.

旧日本軍でも使用していた暗号が解読されていましたが,これも運用上の問題で解読されていたそうです.

セキュリティについて少し考えれば分かりますが,アクセス制御によるコントロールは本質的に弱いです.この考え方は,情報にアクセスできる範囲を制限して,流出を防ぐというものですが,一旦流出すると後は歯止めが効きません.また,最小特権制御は運用上に手間がかかります.しかも,ナチス・ドイツのように流出していることに気付かなければ,被害は拡大するばかりです.

復号化する秘密鍵を知っている人だけが,その情報にアクセスできる権限を持っていると考えれば,この方式はアクセス制御の利点も兼ねています.情報は流出するものという前提で,その際の被害を最小限にとどめる暗号化の基盤が社会的にも必要になってきているように思います.

 

■齧りかけの林檎

チューリングは,悲劇的な最後を迎えます.

チューリングは,当時違法であったゲイであったため訴えられます.ホルモン剤の服用による「矯正」か収監かの選択で,矯正を選びますが…青酸を染み込ませた齧りかけの林檎とともに自殺体が発見されます.

Appleのロゴは齧りかけの林檎ですが,これはスティーブ ジョブズからチューリングへのオマージュだと思います.

私は「豊かな社会」というのは,普通なら生きにくい人が生きやすい社会だと考えています.ダイバーシティもその流れの中で捉えています.

人間(特に天才)の人間的価値はその性的嗜好では決められません.自分は所謂ノンケですが,LGBTって排斥する対象ではないと思います.もう少し,緩やかな社会になることが,逆に豊かな社会になるのではなどと思います.

 

参考資料

1) イミテーション・ゲーム DVD

2) 「情報処理」2017年5月号 情報処理学会

3) Wikipediaの各記事

4) 「チューリングの大聖堂」ジョージ ダイソン

 

------------------------------------------------------------------------

■執筆者プロフィール

 

上原 守

ITC,CISA,CISM,ISMS審査員補

IPA プロジェクトマネージャ,システム監査技術者 他

 

エンドユーザー,ユーザーのシステム部門,ソフトハウスでの経験を活かして,上流から下流まで,幅広いソリューションが提供できることを目指しています。

公式Facebookページはこちらから

<いいね>をクリック!