AIに愛はあるのか ? / 池内 正晴

 最近、ビジネス誌などで「AIによってなくなる仕事」などといった記事をよく目にする。AIすなわち人工知能の技術が発達すると、多くの仕事で人間が必要なくなるといったことがいろいろと書かれている。

 

 最近特にAIがさまざまなシーンでキーワードとして語られることが急に増えたが、このAIというものは最近急激に発展したのではなく、何十年もかけて開発が続けられて今に至るのである。AIを実現するためには、現存する技術としては、コンピュータを利用することのほかにはなく、コンピュータ技術の進化がAIの進化とほぼ一致すると考えてもよいであろう。

 世に出てすぐのころのコンピュータは、プログラマーによって書かれたプログラムのとおりに忠実に、計算や検索の処理を人間がそれを行うより早く正確に行うといった働きであった。この時代のコンピュータにかかわったことがある人ならば、プログラミング時に想定されていない使い方をしてしまうとエラーや不正な処理を行ってしまうなど、コンピュータというものは、融通の利かない困った存在であると感じた人も少なくはないのではなかろうか。

 その後、コンピュータ自体の処理能力やソフトウェア技術の向上により、利用者の癖や特性などを学習し、それに合わせた動作を行うなど、少し人間に歩み寄った進化を見せるようになった。身近な例としては、日本語入力時の漢字変換を行う際に、これまでの利用状況に応じて、表示される漢字の候補の表示順がより適したものに変化していく機能などがあげられるのではないだろうか。しかし、この時代の技術は、ソフトウェア作成時に意図した範囲内でコンピュータが動作を変えていくといったものであったため、将棋のソフトウェアを例にすると、プロ棋士ではないソフトウェア技術者が作ったソフトウェアでは、プロ棋士との対戦で勝つことは難しかったのである。

 近年、コンピュータのネットワーク化や飛躍的な処理能力・記憶能力やソフトウェア技術の飛躍的な向上により、ビックデータやディープラーニングなどといった技術が次々と開発され、AIとしても大きく進化することとなった。これまでとの大きな違いは、コンピュータに蓄積された膨大なデータや、コンピュータ自身が経験した結果などを利用して、ソフトウェア作成時に想定しきれなかったような最適な処理を行うことが可能となったことである。先ほどと同じく将棋のソフトウェアを例にすると、プロ棋士ではないソフトウェア技術者が作ったソフトウェアが、プロ棋士との対戦で勝つことができるようになるということである。

 

 はじめは、計算の速さと正確さだけでは人間に負けなかったというコンピュータが、ゲームなどの思考力でも人間に負けなくなってきたことにより、これまで人間がやってきた多くのことがコンピュータに置き換わってしまい、人間の仕事がどんどんなくなっていくのではないかという不安につながっているのであろう。

 しかし、AIの発展によって、多くの人が職を失って生活に困るという結果しか生み出さないのだろうか。人類は産業革命から自動車・航空機の発展など、大きな産業構造の変化を経験してきている。もちろんこれらにより、衰退していく産業があることも間違いない。だが、これらによって社会構造が大きく変化し、それによって人々の生活が豊かなものになり、さらにこれまでには考えられなかったような新しい産業が発展していくということもある。

 AIの進化は続いているが、どれぐらいの時期にどのような機能が実現できるかは、まだまだ未知の部分が多い。そして、それが我々にとって生活や社会に対してどのような影響をもたらすかについても、予想でしかない。このような状況において、もちろんリスクについて考えることも大切であるが、そればかり考えるのではなく、豊かになる生活など夢のある話についても、もっと語られるべきではないだろうか。AIに愛があることを願って !!

 

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■執筆者プロフィール

 

池内 正晴(Masaharu Ikeuchi)

 

学校法人聖パウロ学園

    光泉中学・高等学校

ITコーディネータ