悲しみよこんにちは ~実存と構造~ / 上原 守

今回も時間がなく,推敲が出来ずにだらだらと長い文章になりました.

いつものように拙い文章になりますが,よろしくお願いします.

 

■悲しみよこんにちは(映画)

 1958年公開の映画,原作はフランソワーズ・サガンの同名小説です.

 Amazonの紹介記事から引用すると「リビエラの別荘でセシールは17歳の夏をプレイボーイな父レイモンと迎える.セシールがフィリップと海辺で出逢い恋に落ちた直後,亡き母の親友アンヌが別荘を訪れる.やがてレイモンとアンヌは親密になり結婚を決意すると,アンヌは母親気取りでセシールの恋にまで干渉し始める…」という感じのストーリーです.フランスらしいと言えばフランスらしいですね.主演のジーン・セバーグは,ショートカットがとても似合っていて「セシルカット」という言葉はこの映画から生まれたそうです.

 原作の冒頭は印象的です.

「ものうさと甘さとがつきまとって離れないこの見知らぬ感情に,悲しみという重々しい,りっぱな名をつけようか,私は迷う.」朝吹登水子 訳

 完全に私見ですが,フランスの小説は冒頭が印象的なものが多いように思います.アルベール・カミュの「異邦人」の冒頭は「きょう,ママンが死んだ.もしかすると,昨日かもしれないが,私にはわからない.」ですし,モーパッサンの「女の一生」では「ジャンヌは荷物をまとめてから,窓に近づいた.しかし雨は降り続いていた.」です.

 発表当時,サガンは18歳.世界的なベストセラーになりました.近年(と言っても10年くらい前ですが)サガンの半生を描いた映画「サガン 悲しみよこんにちは」が公開されました.

 なお本稿の内容は,どちらの映画とも全く関係ありません(笑)

 

■プロジェクトとエンゲージメント

 読者のほとんどの方はPMBOKをご存知だと思います.2019年現在は第6版が公開されています.第6版の知識エリア構成は以下のようになっています.

 

・統合マネジメント

・スコープ・マネジメント

・タイム・マネジメント

・コスト・マネジメント

・品質マネジメント

・資源マネジメント

・コミュニケーション・マネジメント

・リスク・マネジメント

・調達マネジメント

・ステークホルダー・マネジメント

 

 ステークホルダー・マネジメントの知識エリアはPMBOKの第5版から独立した章立てとなり,その中に「ステークホルダー・エンゲージメント」という言葉が出てきます.PMBOK第4版までは「ステークホルダー期待のマネジメント」という表現で,コミュニケーション・マネジメントの中に含まれていました.この「エンゲージメント」という言葉を見たときに,ひょっとして著者はジャン・ポール・サルトルに傾倒しているのかなと思いました.

 

 ジャン・ポール・サルトルの実存主義哲学の用語に「プロジェ」と「アンガジュマン」というのがあります.

 フランス語で「プロジェ:projet」は「pro-:前へ」「-jet:投げる」で,英語のprojectと同じです.「計画」や「企画」という意味ですが,哲学用語としては「投企」と書かれます.私訳ですが「未知なる将来に向かって,自らを賭ける」というような概念だと思います.

「もし人類が生存し続けるなら,単に生まれてきたからというだけではなく,その生命を存続させようという決意をするが故に存続しうるということになるだろう」(大戦の終末:1945)この「人類」を一人称単数にすると実存主義の「プロジェ」の意味に近くなるように思います.

 また「アンガジュマン:engagement」は「拘束する.巻き込む」というような意味で,英語のエンゲージメントと同じです.婚約指輪をエンゲージ・リングって言いますね.engageは「en-:中に」と「-gage:誓い」で「従事させる」とか「約束する」とかの意味になります.

「人間は自分のおかれた状況に条件づけられ拘束されてはいるが,同時に自由な存在である.したがって,どんな局面においても人はその条件の限界内で自由に行動を選択しなければならないし,自由に選択した以上は自分の行動に責任を負わなければならない」(実存主義とは何か:NHKテキストレビュー)この「選択して行動して,その結果の責任を負う」ということが「アンガジュマン」だと思います.

 

■コミットメントとエンゲージメント

 一方,ISOの世界では「コミットメント」という言葉が良く使われます.

 ビジネスの世界で「コミットメント」という言葉がメジャーになったのは,何かと話題の日産の前会長,カルロス・ゴーン氏が使ってからかなと思います.当時,経営危機に陥っていた日産を立て直すためにルノーから送り込まれたゴーン氏は「日産リバイバルプラン」として以下の目標を掲げます.

 

1. 利益ある成長

2. 3年間で20%のコスト削減

3. 最適生産効率/最適コストの達成

 

 ゴーン氏は「上記の目標を達成できなければ辞任する」と宣言し,社内の目標についても「それは君のコミットメントか ?」と,職を賭して達成する覚悟を求めたそうです.国内5工場の閉鎖,2万人以上の人員削減,こういった厳しいマネジメントの結果,日産はV字回復を遂げました.

 

 ISO9001:2015の「5.1 リーダーシップ及びコミットメント」では,トップマネジメントへの要求事項として以下のような記述があります.

a) 品質マネジメントシステムの有効性に説明責任(accountability)を負う.

b) 品質マネジメントシステムに関する品質方針及び品質目標を確立し,それらが組織の状況及び戦略的な方向性と両立することを確実にする.

(略)

 commitは「com-:共に」「-mit:送る」で,「(しっかり)送り込む」のような意味になります.このように「方針及び目標を確立」して「確実に実行する」(経営者の立場からは実施させて達成する)ことがコミットメントですね.また「コミットメント」には「成果責任」だけでなく「説明責任」も求められます.アンガジュマンは自分(実存)への約束・拘束ですが,コミットメントは他者への宣言・約束から始まる達成責任・説明責任です.

 しかし,プロジェクトのステークホルダーに「自分への約束」だけしてもらっても,プロジェクトは進みません.プロジェクト・マネジメントでは,ステークホルダーの期待をマネジメントして,ステークホルダー自らがプロジェクトに資するように行動してもらう必要があります.こういった点については,また別の機会に書かせて頂こうと思います.

 

■実存と構造

 1960年代になると,レヴィ=ストロースに代表される構造主義が発展します.

 実存主義では「実存は本質に先立つ」「人間は自由の刑に処せられている」というのが前提ですが,構造主義では「要素は他の全ての要素との関係性の中で決定される」と考え,絶対的な「実存」を否定します.

 実存主義は「哲学」ですが,構造主義は「方法論」だと思います.ちょっとだけ読んだレヴィ=ストロースとサルトルの論争は,人類学者と文学者(サルトルはノーベル文学賞を辞退しています)の論争だったので何となく消化不良な感じがします.これは,人類学者が見ている「風景」と,文学者が見ている「風景」が違うのが原因の一つだと思います.

 ある対象をどのように捉えるかは,人によって違います.「星の王子様」に出てくる「象を飲み込んだ蛇」の絵を見せられた時,人によっては「帽子」と見るかも知れません.その対象を「象を飲み込んだ蛇」の構造としえ捉えるか,外見(形)から「帽子」と見るかによって,以降の対応は変わります.レヴィ=ストロースとサルトルは,同じ風景に違う構造を見ていたのかもしれません.

 システム開発の方法論は,ざっくり言うと「プロセス」→「データ」→「オブジェクト」と変わってきましたが,これも対象を「プロセス」の集合体と見るか「データ」の集合体と見るか「オブジェクト」の集合体と見るかの違いだと思います.それぞれの見方によって「構造」が変わります.

 システム開発において,要件を分析して定義する工程の重要な要素は,この構造を明らかにすることだと思います.この構造が明らかになれば,構造とデペンドする形で分析→設計→実装と進んでいきます.分析→設計はこの構造を最小要素(プログラム)に分解する工程で,テストは要素(プログラム)から構造を組み立てる工程になります.

 

 生物という「構造」において,プログラムは遺伝子に相当すると思います.

 「利己的な遺伝子」によれば,本当に生きているのは遺伝子であって,通常の生物個体はその遺伝子の「乗り物」にすぎないそうです.確かに「生きている」状態の定義を「代謝」と切り離した見方をすればそのように見えます.実存主義の「実存は本質に先立つ」という考え方によれば,遺伝子は「実存」に相当すると思います.

 また「新しい生物学の教科書」によれば,遺伝子上の眼を作るコードは同じだそうです.動物の発生過程において,同じ眼を作る遺伝子から昆虫の複眼が出来たり,脊椎動物のカメラ目が出来たりするそうです.

 このことは,同じプログラムが動いたとしても,その結果はプログラムの要素と「他の要素との関係性の中で決定される」という構造主義の考え方の一つの証明になります.

 

 アーキテクトやプログラム・マネージャは,対象のシステムやプロジェクトの「構造」を明確にして,ステークホルダーを含むチーム内で共有する必要があります.このことで遺伝子としてのプログラムがどのように振舞えば良いかが明確になっていきます.また,プログラムを適切に動かすためには,そのプログラムと相互作用する周辺のハードウェアを含めた「要素」が重要であることも分かります.

 

■サルトルとサガン

 フランスでは事実婚が多く,女性の有業率も高いのですが,出生率は高いそうです.これは単に国民性ではなく,社会の「構造」もその理由の一つではないかと思います.

 以前,フランス大統領(ミッテランだったと思います)に,アメリカ人の記者がインタビューで「あなたに愛人がいるという噂がありますが,本当ですか」と聞いたときに「ええ,いますが,それが何か ?」と返したという話を聞いたことがあります.本当かどうかは分かりませんが,フランスらしいなと思います.

 サルトルは1905年生まれ,サガンは1935年生まれで年齢差は30歳です.サルトルはボーヴォワールと契約結婚を続けていましたが,サガンとも関係を持っていたようです.また34歳年下の愛人を養子にしています.これもフランスらしいなと思います.

 とりあえず,サガンとサルトルは何とか繋がりました(笑)

 

 最後までお読みいただいた方(もし居れば)有難うございました.

 

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参考資料

1) 「悲しみよこんにちは」DVD

2) 「悲しみよこんにちは」新潮文庫 朝吹登水子 訳

3) プロジェクトマネジメント知識体系ガイド PMBOKガイド 第4~6版

4) 「『実存主義とは何か』とは何か」NHKテキストレビュー

 http://textview.jp/post/culture/22903

5) U-NOTE カルロス・ゴーンから学ぶ、目標を100%達成する方法

 http://u-note.me/note/47485863

6) 「利己的な遺伝子」リチャード・ドーキンス

7) 「新しい生物学の教科書」池田 清彦

8) Wikipediaの各記事

 

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■執筆者プロフィール

 

上原 守

ITC,CISA,CISM,ISMS審査員補,情報処理安全確保支援士

IPA プロジェクトマネージャ,システム監査技術者 他

エンドユーザ,ユーザのシステム部門,ソフトハウスでの経験を活かして,上流から下流まで,幅広いソリューションが提供できることを目指しています.