今回のコラムでは、以前ここで取り上げた量子コンピュータ(「量子コンピュータというイノベーション」2018.8.27掲載)をまた取り上げます。というのは、この10月24日、Googleが量子コンピュータに関して、驚くべき発表をしたからです。あまりにも衝撃的なので、日経新聞をはじめ一般紙にも大きく取り上げられましたので、ご記憶の方も多いと思います。
何が衝撃的なのかというと、現在のスーパーコンピュータの能力で1万年ほどかかる計算が、量子コンピュータによると僅か3分20秒で解けることをGoogleが実証したからです。つまり、現在のコンピュータアーキテクチャにおいて、最高性能を誇るスーパーコンピュータをもってしても、計算不可能(1万年で計算可能とはいえ、現実的には不可能と同義)である問題が、量子コンピュータを使うと、現実的に計算可能であること(「量子超越性」)を実証したことにあります。この結果、まだまだ海のものとも山のものともつかない量子コンピュータの実用性が俄然現実的になってきました。
同様のことがAIでも以前起こったのは記憶に新しいことです。Googleが開発したAIが、碁の世界チャンピオンを初めて破ったのが、2015年10月、その後、AIは、ビジネスシーンに驚くほど速く浸透していきました。
ここで量子コンピュータの現状を見てみます。今回衝撃を与えたGoogleは、2017年に53量子ビットの量子プロセッサ「Sycamore」を、翌2018年に72量子ビットの量子プロセッサ「Bristlecore」を開発しました。これは1998年に初めて2量子ビットの量子コンピュータが開発されたことを考えると、ほんの20年程度で驚くべきスピードの技術革新を遂げているといえましょう。
Googleの発表は、「量子ゲート方式」の量子コンピュータに基づくものですが、量子コンピュータにはもう一つの「量子アニーリング」方式があります。こちらの実用化は早く、2011年に商用化されたD-Wave Systems社の「D-Wave One」がよく知ら得ています。こちらは当初の128量子ビットから現在は2000量子ビットの「D-Wave 2000Q」まで進化しています。量子アニーリング方式のプロセッサの方が量子ゲート方式のものよりも量子ビット数が多いですが、用途が限定的で、一般的には量子コンピュータの本命は「量子ゲート」方式のプロセッサと言われており、その意味でも今回の発表は衝撃的であったわけです。
ただ、この発表に異論を唱える研究者もいます。量子コンピュータのもう一方の雄であるIBMは、今回使用されたスーパーコンピュータが、IBM製のSummitであること、今回の実証では、そのコンピュータの能力が最大限に使用されておらず、最大性能を出せば、1万年ではなく、わずか2日半で計算できたはずであること、を理由に「量子超越性」はまだ実証されていないと反論しています。しかし、このIBMも、量子コンピュータの開発を強力に推進しており、2019年1月には、世界初の統合型量子コンピュータ商用マシン「IBM Q System One」(20量子ビット)を発表しました。このような状況を見ると、IBMの反論はGoogleに開発の主導権をとられたくないための、クレームである感が否めません。スパコンで2日半であれ、量子コンピュータによれば3分そこそこで計算できるという事実は、量子コンピュータが相当に速いことを実証したことには違いなく、時間がたてばこの差がますます開いていくのが確実であるからです。
21世紀にも次々に新しいイノベーションが生み出されているように思われます。20世紀に萌芽したデイープラーニングによるAIがこれほど有効とは誰も想像しなかったのですが、これが、社会に急速に普及し、我々の社会を変えています。量子コンピュータもその1つでしょう。アクセンチュアによれば、量子ゲート方式の量子コンピュータが社会に大きな影響を与えだすのは、最低でも5~10年先と予測していますが、近年の技術革新の速度は驚くべきであり、予想外に早く、量子コンピュータがビジネス環境にインパクトを与える可能性があります。経営者はこのようなトレンドを見据えて、今後のビジネス展開を考えていく必要性を強く感じます。
■執筆者プロフィール
馬塲 孝夫(ばんば たかお)MBA
ティーベイション株式会社 代表取締役社長
(兼)株式会社 遠藤照明 社外取締役
e-mail: t-bamba@t-vation.com
◆技術経営(MOT)、産学連携、FAシステム、製造実行システム(MES)、生産産情報システムが専門です。
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