インビクタス 負けざる者たち ~SCRUMを組む~ / 上原 守

前回の「V for Vendetta ~アノニマスの仮面~」でSCRUMについて取り上げました.

SCRUMは元々ラグビーの用語から命名されていますので,今回はラグビーの映画を取り上げてみます.

 

■ネルソン・マンデラ氏

1918年生まれ,南アフリカのアパルトヘイト撤廃に努力し,27年に及ぶ獄中生活を経て1993年にノーベル平和賞を受賞,1994年に南アフリカ大統領に就任しました.

民族の和解・協調政策を進め,1999年に政治家を引退,2013年12月5日に亡くなられました.その生涯は,これだけでなくいくつかの映画になっています.

今回,執筆時期がちょうど命日にあたったので,こちらを取り上げました.

 

■ラグビー ワールドカップ 2019

2019年に日本でラグビーのワールドカップが行われました.南アフリカが優勝し,日本は決勝リーグ進出を果たしました.応援された方も多いと思います.

私の住んでいるところの近くに生ビールが300円で飲める角打ち酒屋さん(居酒屋ではない)があり,時々飲みに行きます.大将が音楽好きでライヴも入ります.ワールドカップの時に,近くのホテルが4位になったウェールズチームの宿舎になっていました.ウェールズの選手達がその酒屋を気に入って(何といっても安くビールが飲めます)溜り場みたいになっていました.ラグビーのトップ選手達は身体も大きく,特にウェールズの人達は驚くほどビールを飲みます.居酒屋ならまだ分かりますが,配達もする酒屋の生ビールの樽が無くなるって驚きでした.

あと日本代表のユニフォームが海老に見えて仕方ありませんでした(笑)

 

■インビクタス/負けざる者たち(映画)

2009年のアメリカ映画,監督:クリント・イーストウッド,出演:モーガン・フリーマン(ネルソン・マンデラ),マット・デイモン(フランソワ・ピナール:南アフリカ代表ラグビーチーム「スプリングボクス」の主将).ネルソン・マンデラ氏自身の希望でモーガン・フリーマンが出演したそうですが,他の役者さん考えられないですね.

1995年に南アフリカで開催された,第3回ラグビー ワールドカップの実話の映画化です. 

南アフリカはラグビーの強豪ですが,アパルトヘイトのためにワールドカップは第1回,第2回とも出場できませんでした.第3回ワールドカップは南アフリカで開催されることになりましたが,当時,対外試合も低迷を続けていて…

 

今回「ONE TEAM」を調べていて,たまたま読んだ東京中日スポーツの記事に,南アフリカが2007年にワールドカップを制覇した時のヘッドコーチ,ジェイク・ホワイト氏の言葉として「南アはW杯を制覇して国が変わり,政治が変わった.それまで考えつきもしなかった白人と黒人の人種融和はある日突然,訪れた.日本大会も,ラグビーを通じて人々が結びつき,特別な価値観が生まれる素晴らしい機会になるはずだ」がありました.

 

■SCRUM

前述のようにソフトウェア開発の「SCRUM」という名称は,ラグビーのスクラムから付けられました.

SCRUMは「チーム」として仕事を進めるフレームワークです.

基本的な役割は以下の通りです.

  • 開発チーム:スポーツのチームのようにメンバーが協力し,全体として同じゴールを目指します.5~9人位で構成され,自らチーム内の管理も行います.
  • プロダクト・オーナー:製品の総責任者.顧客の視点で,プロダクトバックログに順位をつけて反映させます.
  • スクラム・マスター:スクラムのフレームワークが正しく機能することを保証します.チーム内外のファシリテーションが主な役目になります.

前回「チームはスポーツのチームのように自律的に機能し,全体としてゴールを目指します」と書きました.しかし,仕事は往々にして「あなたの仕事」「私の仕事」みたいになります.特に定常的な組織になると「君,あれは終わったのかね」みたいなことが横行します.そうではなく「チームの仕事」として全体のタスクを捉えます.

そのためには「情報共有」が欠かせません.

SCRUMには Daily SCRUM という仕組みがあります.普通に言う「朝会」ですが,そこでの情報交換は「ToDo(これからやること),InProgress(今やっていること),Done(終わったこと)」の3つが中心です.プロダクト・オーナーは次のスプリント(リリースに相当)に向けて,状況が正しく動いているか確認します.もし方向修正が必要であれば,タスクの優先順位の組み換えを行います.

 

■外科手術チーム

プロジェクトに関する古典とも言える「人月の神話」という本があります.生産性の高い複数の少数精鋭チームで大規模システムを開発するべきという論旨で,開発チームとして「外科手術チーム」というのが出てきます.主な役割は以下の通りです.

  • 執刀医:チーフプログラマー
  • 副執刀医:サブプログラマー(チーフプログラマーより経験は浅いが,同様のスキルを持っている)
  • 管理者:プロジェクトマネジメントのバックオフィス機能を担当
  • 編集者:文書作成を担当
  • 2人の秘書:管理者と編集者に1人ずつ
  • プログラム事務係:技術記録のメンテナンスを担当
  • ツール制作者:生鮮性向上のための各種のツールを作成
  • テスト担当者:テスト環境を構築・維持し,テストケース・データを作成
  • 言語エキスパート:言語の特性を生かしチーフプログラマーをサポート

フルスペックで集めると,チーフプログラマーを入れて10人体制になります.事務係やツールの制作者,テスト担当者を他チームと兼任にしても7~8人のチームになります.

 

■タックマン・モデル

以前どこかに書いたと思いますが,プロジェクトチームの状態遷移についてタックマン・モデルというのがあり,PMBOKにも出てきます.

  1. 成立期:メンバーが顔を合わせて,プロジェクトの内容とそれぞれの役割について学びます.
  2. 動乱期:プロジェクトがスタートしますがメンバーはまだ協力的でなく,それぞれの立場や異なる考えによって衝突が起きることがあります.
  3. 安定期:メンバーが一緒に作業を始めます.自らの行動や役割を調整し,信頼関係が築かれていきます.
  4. 遂行期:メンバーは相互に協力し,組織化されたチームとして機能します.生産性は向上し,課題に効果的に対処できるようになります.
  5. 解散期:チームは作業を完了し,プロジェクトから転出して元の部署に戻ります.

■ONE TEAM

経験上,プロジェクトチームの状態推移は概ねタックマン・モデルように動きます.

プロジェクトを回すためには,動乱期を上手く抜ける必要があります.私自身は「勝負の2週間」と呼んだりしていましたが,この抜け方がまずいと安定期~遂行期に入ってもメンバーは,例えば課題の解決方法をめぐって衝突を繰り返したりします.そうすると十分な効率向上が望めないだけでなく,最悪の場合チーム自体が破綻することもあります.

 

「外科手術チーム」はチーフプログラマーの能力とモチベーションに全てが依存します.

世に中には,スーパーエンジニアやスーパープログラマーと呼ばれる技術者が居ます.

優秀なスーパープログラマーの生産性は,平均的なプログラマーと一桁違います.本当に優秀なプログラマーがアサインできるのであれば,10人のチームでその生産性を発揮してもらっても,採算は合います.しかし,スーパープログラマーはそこら辺に転がっているわけではなく,そう簡単に優秀なプログラマーを見つけてくることはできません.また,優秀との触れ込みで採用しても期待外れだったり,協調性に問題があったりします.

 

個人的な考えですが「SCRUM」はタックマン・モデルの「遂行期」に早く到達し,それを長く続けるためのフレームワークのように思います.

ラグビーワールドカップの日本代表のスローガン「ONE TEAM」という言葉が,2019年の流行語大賞にもなりました.スローガンは言葉が重要なのではなく,この言葉が表す「精神」と,それを達成する「プロセス」が重要なのだと思います.

「SCRUM」ではメンバー自身が「リーダーやマネージャに責任を押し付けすぎず,チーム主体でセルフマネジメントしていこう」という形で動きます.言い換えればメンバー自身が自らをマネジメントして,自らの「リーダー」として動くことだと思います.

 

■リーダーシップ

世の中にはリーダーシップ論が溢れています.

例えばドラッカーは「リーダーシップは誰にでも身につけられる能力」だとして…

  • リーダーシップを「仕事」として見ること
  • リーダーシップを「責任」として見ること
  • そのリーダーに従う者がいること

を挙げています.

「誰でも身につけられる」という所でちょっと胡散臭い感じがします(笑)

しかし実際に本を読んでみると,マネジメントの一環としてのリーダー像は納得できます.

 

他にも多くのリーダーシップ論がありますが,多くは「個人」のリーダーシップ開発になっています.

しかし,複雑化する現在のビジネス環境は「個人」の資質やスキルだけで動かしていくことは困難なように思います.「メンバーが自らをマネジメントし自らのリーダーとして働く.リーダーはメンバーに方向性を示し,メンバーが自らリーダーシップを発揮するサポートを行う」といった形になっていく必要があると感じています.

 

マネジメント論やリーダーシップ論があれば,メンバーシップ論やフォロワーシップ論とかあっても良さそうです.最近は研究とか進んでいるみたいですが,これについてはまた機会があれば触れたいと思います.

 

■動物行動学とスキル標準

動物行動学の観察によると,働きアリの集団で実際に働いているのは20%位で60%はボチボチ働き,残りの20%はサボっているそうです.働いている20%を取り除いくと他のアリが働き始め,逆にサボっている20%を取り除くとまた20%がサボり始め,この比率は変わらないそうです.

経験上,これは人間の集団にも当てはまります.

IPAが公表しているスキル標準に,ITSSやETSS,UISSというものがあります.元はIBMの社員評価に使われていた標準をカスタマイズした物だそうです.IPAの情報処理時術者試験の高度技術者はITSSのレベル4に相当するように設計されています.

これも私の経験ですが,ある一定量より大きい技術者集団を取ると,トップのエンジニアのスキルレベルの平均は会社の知名度に関わらずほぼ同じです.ボチボチレベル以下の大多数のスキルの平均には違いが出ます.

 

トップのスキルが変わらないとすれば,全体としてのスキルを上げるにはボチボチ働いているメンバーのスキルを上げる必要がでてきます.ラグビーに限らずスポーツの「代表」は,もともと優秀な選手を集めることができます.その代表に選ばれる選手も全体のスキルが高ければ,より優秀な選手が選抜できます.全体のスキルを底上げしてトップの20%が働かなくなっても,何とか「戦える」ようにしていくことが今後の「マネジメント」に求められるように思います.

IPAのスキル標準は良くできていると思いますので,スキルの底上げを検討する際には参考にされることをお奨めします.

 

■成果を出すチームへ向けて

執刀医に相当する優秀な人材が居て,社内改革やイノベーションを起こすことが目的であれば「外科手術チーム」が適していると思います.それでも100%成功するとは限りません.失敗した時の評価(受け皿)や再チャレンジについては組織(企業)の文化によるところが大きいと思います.

組織は少し大きくなると「減点法」になりがちです.特に日本の組織ではその傾向が強いように感じます.「減点法」の文化が蔓延すると組織の雰囲気に現れます.「頭脳流出」が問題になっていますが,「減点法」だとリスクを取って新しいことにチャレンジする人材は育たないというか潰れていくと思います.

「プロジェクト」はそれまで世の中に無かったものを作り出します.減点法が蔓延する組織の中では,プロジェクトの成功率の向上は見込めません.

 

実際のチームは,チームリーダーのスキルや性格にもよりますが「外科手術チーム」と「SCRUM」の間のどこかの構成になります.ハイスキルで全てを自分で掌握したい人のチームは「外科手術チーム」に近くなります.それぞれのメンバーの自主性を重んじる人のチームは「SCRUM」に近くなります.

少し規模が大きくなると,1つのチームだけでプロジェクトを遂行するのは困難です.実際には多くの場合,複数のチームを並行して動かす必要が出てきます.

チーム内のマネジメントやリーダーシップと,複数のチームをまとめるマネジメントやリーダーシップは,基本は同じでも多少の違いがあるように思います.性格や状況(動乱期にあるのか遂行期にあるのか等)が違う複数のチームを目標に向かってまとめること,その上で目的を達成するマネジメントが必要になります.

 

■最初が大事

プロジェクトでもイノベーションでもDXでも,定常業務をこなす組織ではなく,チームとして(組織内に部署が作られていても)目的達成を目指すことが必要だと思います.チームが動乱期を抜けるには,スタートが大事です.

 

映画では,マンデラ大統領が官邸に始めて登庁した日,大統領官邸は空席が目立ち,またどうせクビになるだろうとダンボールを持って荷造りする白人スタッフも居ました.大統領はそれに気づくと執務室に入ってすぐに官邸のスタッフを集めます.一緒に仕事をやりたくない人は去ってくれていいが,仕事をやる気がある人は留まるように説得します.

「私が望むのは,皆さんが自分の仕事に能力を捧げ,心を込めて働くことです」

 

 

■参考

「ネルソン・マンデラ」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』(http://ja.wikipedia.org/)2020年11月6日 (金) 11:42

「ラグビーワールドカップ2019」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』(http://ja.wikipedia.org/)2020年11月21日 (土) 05:46

東京中日スポーツ「「ワンチーム」の持つ深い意味 ラグビーW杯後のプロ化につなげるために」2019年11月11日 18:00 https://www.chunichi.co.jp/article/14955

「すくすくスクラム」 https://sukusuku-scrum.doorkeeper.jp/

「人月の神話―狼人間を撃つ銀の弾はない」フレデリック・P・ブルックス Jr. 著,アジソンウェスレイパブリッシャーズジャパン 出版

「アジャイルと規律 ~ソフトウェア開発を成功させる2つの鍵のバランス~」バリー・ベーム他 著,日経BP 出版

「スクラム (ソフトウェア開発)」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』(http://ja.wikipedia.org/)2020年9月26日 (土) 12:58 

「マネジメント[エッセンシャル版] - 基本と原則」ピーター・F・ドラッカー 著,ダイヤモンド社 出版


■執筆者プロフィール

上原 守

 ITC,CISA,CISM,ISMS審査員補,情報処理安全確保支援士

 IPA プロジェクトマネージャ,システム監査技術者 他

 エンドユーザ,ユーザのシステム部門,ソフトハウスでの経験を活かして,上流から下流まで,幅広いソリューションが提供できることを目指しています.