【コラム】150人の受講生と「ワンオペ・ワークショップ」-生成AIを「相棒」とする大学マーケティング授業-

はじめに:座学の限界をどう打破するか

社会科学系の大学においてマーケティングは基幹科目で、私の授業には170名が登録し、毎回150名以上の受講生が出席します。階段式の大教室を見渡すと、そこには一つのジレンマがあります。本来、マーケティングは「実学」であり、理論を学んだ後に自ら手を動かし、試行錯誤するプロセスこそが学びの本質です。しかし、現実の壁が立ちはだかります。

 

150名という規模でワークショップ(WS)を行うには、本来なら複数のティーチング・アシスタント(TA)が不可欠です。講師一人では、受講生一人ひとりの疑問に答え、思考の壁打ち相手になることは物理的に不可能です。結果として、多くの授業が用語解説と事例紹介に終始する「静かな座学」へと収束してしまいます。

 

私はこの状況を打破したいと考えました。TAがいないのなら、テクノロジーにその役割を担ってもらえばいい。今秋、私は生成AIを相棒、すなわち「バーチャルTA」として活用して、15回中、7回ほどワークショップを試みました。ITコーディネータの皆様に参考になるように、その経験を共有したいと思います。

 

生成AIに託した「相棒」機能

私が生成AI(ChatGPT等)に期待したのは、単なる情報検索ツールとしての役割ではありません。受講生がワークをする際の「相棒(TA)」としての機能です。具体的には以下の3点をAIの役割として定義しました。

 

・一緒に考えてくれる相棒: 自分の意見をAIにぶつけ、フィードバックを得ることで、一人では到達できない視点に気づくこと。

 

・Q&Aに即時対応する相棒: 作業中に生じた細かな疑問をその場で解消し、学習の手を止めないこと。

 

・励まし、後押ししてくれる相棒: 「その視点は面白いですね」「具体化できています」といった励ましを受け、孤独な思考作業のモチベーションを維持すること。受講生には、「自信ないですけど、○○ではないですか」など、正直に入力していいよ。どう答えてくれるかな、などと伝えています。

 

実践:60分間の「バーチャルTA」ワークショップ

全7回実施したWSのうち、代表的な「カスタマージャーニーマップ作成」の回を例に、その具体的な流れをご紹介します。なお、授業時間は90分で、前半の30分で購買意思決定モデルとカスタマージャーニーについて講義し、後半の60分が実際にマップを作成するワークショップの時間です。

 

1. 導入・ガイダンス(10分)

まず、本日の目的とAI活用のルールを説明します。「AIは答えを出す魔法の杖ではなく、君たちのアイデアを磨く砥石(といし)である」ことを強調します。

 

2. 個人ワーク:ドラフト作成(20分)

ここが最も重要なフェーズです。学生はまず、特定のターゲットに対するペルソナを設定します。その後、AISAS™モデルに基づき、ペルソナが抱く「Gain(得たい価値)」と「Pain(悩み・障壁)」を、まずは「自分の頭」で考え、言語化します。 

ここで生成AIを投入します。学生は自分のドラフトをAIに入力し、「このペルソナの心理描写に不足はないか?」「他に考えられるPainはないか?」と問いかけます。AIから返ってくる評価や追加アイデアを材料に、自らのカスタマージャーニーをブラッシュアップし、完成へと近づけます。

 

3. ピア・レビュー(15分)

AIとの対話で深めたアウトプットを、今度は隣の学生と共有します。2人1組で相互に評価し合うことで、AIにはない「人間らしい共感や違和感」を確認します。

 

4. 全体リフレクション(15分)

最後に、質問共有アプリ「レスポン」を活用し、全体で振り返りを行います。その場での感想や、作業を通じて生じた問いを、プロジェクターに投影しリアルタイムで共有し、教員が全体に向けてフィードバックを行います。 

 

なお、質問共有アプリについては、Googleフォームでも代用できると思います。

AIを「賢い相棒」にするための3つの鉄則

受講生が「相棒」としてのAIを使いこなすためのリテラシーとして、以下の3つのチェックポイントを徹底しました。


・「なぜなに分析」を5回繰り返す  AIの提案を無条件に受け入れることは、思考の放棄に繋がります。AIからアイデアが出されたら、「なぜその施策が必要なのか?」「それはターゲットのどの心理に刺さるのか?」と、少なくとも5回は「なぜ(Why)」を問い直すよう指導しました。AIとの対話は、自分の思考の解像度を上げるための「なぜなに分析」の壁打ち台なのです。


・徹底したファクトチェック  AIは時として「もっともらしい嘘(ハルシネーション)」をつきます。AIが出した市場データや消費者動向が事実に基づいているか、必ず一次情報や信頼できるソースで確認する習慣を付けさせました


・機密情報管理の徹底と匿名化 「アルバイト先などで知り得た機密情報は絶対に入力しないこと」を徹底しました。特に、アルバイト先の店舗を事例として扱う場合は、中小企業であれば必ず匿名化(「京都市のカフェA店」など)して入力するよう、具体的なリスクを交えて伝えました。

 

生成AIがもたらす「セミナー現場のパラダイムシフト」

こうした試行錯誤を繰り返した結果、驚くべき効果が得られました。

 

最大の実績は、「150人の大人数教室において、講師一人のワンオペレーションで密度の高いワークショップができた」という事実です。従来、これほどの規模で個別指導に近いワークを回すことは、物理的に不可能だと諦められてきました。

 

しかし、AIが受講生一人ひとりの横に座り、文句も言わずに「壁打ち」に付き合ってくれる環境を構築したことで、以下のような変化が起きました。

 

・「わからないから止まる」受講生の激減: 従来は講師が回ってくるのを待っていた受講生が、自らAIに質問して解決するようになり、授業全体のスピード感が劇的に向上しました。

 

・アウトプットの質の平準化と底上げ: 全く白紙の状態で固まってしまう受講生がいなくなり、全員が一定水準以上のカスタマージャーニーを書き上げることができるようになりました。

 

・人間とAIの役割を考える: 生成AIに手伝ってもらって作ったドラフトですが、その後の2人一組での相互評価はもっと大事です。というのは、多くの受講生が「相方から、AIとは違った、経験や感性にもとづく指摘を受けて、さらに改善しました」というコメントが多かったからです。AI時代のヒトの役割について、受講生達が考えるヒントになります。

 

おわりに:「ワンオペ・ワークショップ」のススメ

学びにおいて、知識の伝達は動画やAIで代替可能な時代になりつつあります。だからこそ、対面の場で行われる「実学」の価値は高まっています。AIを信頼できる「相棒」として迎え入れ、一方向的な座学ではなく、コラボレーディヴで双方向的なワークショップの場をつくってゆくことが、大学だけでなくビジネス社会でも大切になるのではないでしょうか。

 

なお、ワークショップ実践にあたり、積さん主宰の定例勉強会に参加し学んだことが大変参考になりました。心より感謝申し上げます。

 

執筆者プロフィール

 

加藤敦

 

同志社女子大学特任教授 博士(国際経営学)(青山学院大学) ITコーディネータ、中小企業診断士、システム監査技術者 

 

主な著作
加藤敦・三宅えり子(2024)『ジェンダー平等とアントレプレナーシップ』同友館